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包括的性教育

2026.5.28

辻村 深月の小説(図1)に”朝が来る”というものがあります、ドラマ化や映画化もされています。中学生で妊娠し、出産し、断腸の思いで子供を手放すことになった幼い母やそれに関わる様々な人々の人生が細やかに描かれています。私にとっては、何も変わらず人生を送っていく男子生徒と、翻弄されながら意図しなかった人生が形作られていく女子生徒の差が痛烈に描かれているように感じました。
また昨今では、性被害にあった方へのセカンドレイプという苦しみや、性加害側の無神経さなども多くの話題になっています。

(図−1)朝が来る/辻村深月(著)・文藝春秋

日本では性教育が十分でなく、その範囲やアプローチも十分でないと言われています。性教育が難しい理由は、複数の社会的、文化的、個人的な要因が絡み合っているためかもしれません。少し紐解いていきましょう(図−2)。

(図−2)みがまえなくても大丈夫!性教育は、こわくない/田中まゆ、山分ネルソン(著)・IAP出版

日本の義務教育において、性教育は学習指導要領に含まれています。ただ、その範囲や深さには制限があり、実際の指導内容は学校や教師によって差があるのが現状です。


小学校・中学校の保健体育の授業で行われているようです。小学校では、主に身体の成長や思春期の変化について学びます。男女の身体の違い、月経、精通などの基礎的な内容が扱われます。中学校では性的成熟の仕組み、妊娠・出産、性行動と健康、性感染症(STD)について触れます。


特別活動や道徳、講演会などでも自分や他者の尊重、コミュニケーション、倫理観の形成を通じて、性に関する価値観を学ぶ機会が増えてきてはいます。理科では生物学的な内容として、生殖の仕組みや遺伝について知識を得る機会がありますが、性との関係はあまり触れられていないように思います

学習指導要領では、性教育の内容について「家庭の教育方針との調和」や「年齢にふさわしい内容」であることが求められています。このため、性行為や性的同意、ジェンダー多様性に関する具体的な教育は、慎重に扱われる傾向があります。実際の授業では、学習指導要領に示されている基本的な内容しか教えない場合が多いと言われています。また、教師が指導を避ける場合や、地域の保護者の意見で教育内容が制約されることもあるようです。日本の義務教育では、倫理観や身体的な成長の知識に重点が置かれており、性的行動や多様性についての具体的な内容は含め無いことが多いようです。


こういったことはどうしておきるのでしょうか。多くの社会では、性に関する話題がタブー視されており、「恥ずかしいもの」「秘密にすべきもの」として扱われることがあります。特に文化的・宗教的なな価値観や伝統的な考え方が強い地域では、性教育の内容や実施そのものが抵抗を受けやすいです。


また、親や教師が性教育を提供する際に、不安や抵抗感を抱くことがよくあります。知識不足や話題に対する気まずさから、十分に教えられない場合があります。また、教師自身が性教育の十分なトレーニングを受けていないケースも多いようです。


さらには、性教育が「早すぎる性行為の促進」や「性に対する好奇心を過度に煽る」と誤解されることがあります。このため、性教育の意図が正しく伝わらず、反対意見が生じやすいです。その性教育のカリキュラムが具体性を欠く場合があります。科学的根拠に基づく知識、特に包括的な視点(身体の仕組み、感情、性的同意、ジェンダー、LGBTQ+についてなど)が欠落している場合が多く、生徒が十分な知識を得られないこともあります。ジェンダーや多様性に関する認識が社会で急速に変化している一方で、教育現場がその変化に追いつけていないことがあります。性教育が時代遅れの価値観に基づいている場合、生徒にとって有益ではなくなります。


性教育について社会全体で建設的な議論を行う場が限られています。その結果、何が適切で必要なのかが明確化されず、合意形成が難しくなります。生徒一人ひとりの性やジェンダーに関する経験や背景は異なります。これに対応するためには、個別のニーズを尊重しつつも全体に共通する知識を提供するバランスが求められますが、これは非常に難しい課題です。


WHOやユネスコは、包括的性教育(Comprehensive Sexuality Education, CSE)(図3)が推奨されています。このアプローチは、生物学的な側面だけでなく、感情、関係性、同意、ジェンダー平等、多様性についても扱い、若者が自律的で健康的な意思決定を行えるよう支援するものです。しかし、それを実現するには、社会的な認識の変化、教育者のトレーニング、政策の改善が必要で、有効なトランジションデザインが必要です。

(図−3)包括的性教育をはじめる前に読む本ー社会を変える性教育/池田賢市(著)・新泉社

日本での性教育を効果的に行うには、教科横断的なアプローチが有効かもしれません。それぞれの教科が持つ特徴を活かしながら、性教育を包括的に扱うことで、例えば、道徳・理科・社会・保健などの授業を連携して、ある週では、それぞれの科目で集中して”性”に係る授業をするなどです。そうすることで生徒が同時に多面的に学ぶことができるかもしれません。


道徳では、倫理観や他者への尊重、性的同意の重要性。「相手を尊重するとは何か」「思いやりとはどういうことか」を議論する。性的同意の考え方を年齢に応じて学ぶ。社会での男女の役割分担に関するディスカッションなど。


理科では、生物学的な知識を正確に学ぶ。生物の成長のプロセスを学ぶ(例: 思春期に起きる体の変化、月経や精通の仕組み)。人間の生殖や遺伝について。性感染症をふくめた感染症の予防について。


社会では、性に関する社会的な背景や法律、文化の多様性を学ぶ。性教育に関する世界の事例を比較や性犯罪やセクシャルハラスメントの防止に関する法律。性的マイノリティ(LGBTQ+)や人権問題としての性教育(例: 子どもの権利、女性の権利)。


保健では、健康維持とリスク管理の実践的な知識を学ぶ。性感染症(STD)や避妊。性行動に伴うリスク。思春期における精神的な健康など、すでにある指導要領にある内容を集中的に授業をする期間などがあれば、先生が新たなコンテンツをつくることも無く、深い動機づけができる授業カリキュラムができればいいかと思います。


以前にも別の回でお話ししましたが日本の母子(親子)手帳は、世界的にも評価される画期的なシステムであり、妊娠中や子どもの健康管理に役立つ情報が網羅されています。家庭ではこのシステムを活用して、性、生物、家族、社会といった性教育の広がりを実現できないかと可能性を考えてみました。

母子手帳をきっかけに、妊娠や出産だけでなく、性的健康、思春期の身体変化、性と人間関係についても生涯学習として接続するシステムとして考えてみます。例えば、子どもが思春期を迎えた際に、親と一緒に自分の成長を振りかえる機会「10歳で話すべきこと」「中学生と考える健康」です。また現行の母子手帳では「母親」中心の視点が強調されがちですが、これを父親や多様な家族形態(養子縁組、同性カップルなど)にも対応する形に広げることで、性教育がより包括的なものになります。


とはいっても日本では、なかなか難しいところがあります。理系的な技術課題は、要素還元的に細かく考えていかなければなりませんが、性教育のような社会的課題へは総合的なアプローチが有効かもしれません。

総合的性教育や母子手帳を基盤として、性、生物、家族、社会を結びつける性教育のアプローチの多様化は、既存の教育制度や社会的な意識を変えられるかもしれません日本社会全体での包括的性教育をより進めることで、性に関わる様々な問題解決を社会全体で本気で考えなければならないと思います。(図4)

(図ー4)中高生のための新しい性教育ワークブックー性の多様性と人間関係編/高橋幸子、丸井淑美(監修)、水野哲夫(編著)・学事出版

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