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生類憐みの令とSDGs
江戸時代の徳川綱吉(1646~1709年)が打ち出した「生類憐みの令」(図1,2)は、江戸幕府の歴史においても世界史の文脈においても、極めて興味深い政策です。綱吉が推進したこの法令は、動物愛護を中心に据え、社会全体に生命尊重の倫理観を浸透させようとするものでした。しかし、その一方で、この政策が庶民に与えた影響や後世の評価で、批判的な声もおおくあります。同時に、綱吉の治世は、江戸時代全体の「Pax Tokugawana(徳川の平和)」と呼ばれており、社会科の教科書でも「生類憐みの令」の評価は変わってきているようです。これらの点を考察していきます。

(図−1)生類憐れみの世界/根崎光男(著)・同成社

(図−2)生類供養と日本人/長野浩典(著)・弦書房
「生類憐みの令」は、1687年から1709年にかけて綱吉によって発布されました。この法令は、動物 いわゆるお犬様だけが強調されがちですが、「生類を憐れむ」ことを趣旨としたのは動物だけでなく捨て子や病人、高齢者保護を目的としたものなのです。1つの成文法ではなく、綱吉時代に行われた生類を憐れむことを趣旨とした複数の法令を指しています。
しかし、現代では特に犬に対する保護が強調されました。悪法や将軍のお戯れといった批判も多くありました。つまり、「過剰な慈悲」として批判されることが多いですが、現代の視点から見れば、生命の尊厳を重視する先駆的な試みとしてみることもできるでしょう。この法令は、ただ動物を保護するだけでなく、人々の心に生命の尊重という倫理観を深く刻み込むことを目指したもので、綱吉個人の嗜好によるものではなく、当時の社会状況に対する一つの対策であったともいわれています。
綱吉は、祖父である徳川家光や父である徳川家綱が築いた武力による統治を受け継ぎつつ、より一層の「文治政治」を推進しました。彼は、特に儒教の朱子学を重視し、これを幕府の公式学問としました。朱子学は、徳や道徳を重んじる教えであり、綱吉はこれを通じて統治の基盤を強化し、社会の秩序を維持しようとしました。
仏教の不殺生戒や儒教の仁愛の教えに影響され、生命を尊重する倫理観を社会全体に広めようとしました。しかし、この政策は当時の庶民にとって過剰と感じられることが多く、犬の保護に莫大な費用がかかり、街には多くの犬が放置される結果となりました。これにより社会生活に混乱が生じ、庶民からの反発も少なくありませんでした。
綱吉は大名統制を引きつぎ、中央集権的な統治体制を強化しました。また、鎖国を維持し、日本の独自性を守りつつ、外部からの影響を排除する方針は維持されました。これにより、国内の平和が保たれ、経済的・文化的な発展が続きました。200年間の平和と安定の中で、江戸は世界最大の都市として経済的・文化的に発展しました。
「生類憐みの令」は、綱吉の死後廃止されますが、当時のいわゆる捨て子、病人、高齢者、の大切にする倫理観、また動物を大切にする気持ち、死を尊ぶ気持ちなどを熟成させたともとらえられています
このころ、江戸は人口約100万人以上の都市に発展しました。
同時期の北京の人口: 約70万~100万人、イスタンブール:約60万~80万人、ロンドン約50万~60万人、パリ: 約50万~60万人、ニューヨーク: 約5千~1万人程度と言われています。人口の諸説はありますが、当時江戸が世界最大級の都市であったことは間違いないようです。
3代将軍家光は中央集権的幕藩体制を「武」により築きあげましたが、綱吉は家光が築いた基盤の上に「文治政治」を導入し、武力ではなく道徳と学問による統治を目指したといわれています。
また8代将軍吉宗と比較してみますと、吉宗も享保の改革を通じて幕府の財政再建と社会改革を進めました。幕府の効率的な運営を目指し、経済改革や制度改革が有名ですが、これに対して、綱吉は儒教的な道徳主義を重視し、社会の道徳的基盤を強化することに力を注いだといわれています。
一方で、西洋では綱吉の治世と同時期、近代社会が形成されつつありました。西洋的近代社会は、個人の自由や権利、進歩という概念を重視し、科学技術の発展や産業革命が進行していました。ジョン・ロック(図3)やジャック・ルソー(図4)といった啓蒙思想家は、個人の自由や人民主権を強調し、近代国家の基盤を築きました。

(図−3)市民政府論/ジョン・ロック 光文社

(図−4)社会契約論/ジュネーヴ草稿/ルソー 光文社
この時期の西洋社会は、進歩主義に基づき、技術革新や社会改革を推進していましたが、その一方で、自然環境や他の生命に対する配慮が不足していました。産業革命の結果、環境破壊や社会的格差が拡大するという問題も生じました。こうした倫理観は、西洋の啓蒙思想とは対照的であり、綱吉の「生類憐みの令」は、生命の尊重を中心に据えた政策であり、個人の権利よりも社会全体の道徳的向上を目指していました。
このように、日本と西洋は異なる社会の発展を経験していましたが、どちらもそれぞれの倫理観に基づいて政策を進めていました。
SDGsには、生命の尊重や環境保護が重要な要素として含まれており、「陸の豊かさを守ろう(目標15)」や「すべての人に健康と福祉を(目標3)」などの目標が掲げられています。これらの目標は、生命や環境を大切にするという理念に基づいており、綱吉の「生類憐みの令」とも通じる部分があります。綱吉が生命の尊厳を重視し、動物愛護を推進した姿勢は、現代のSDGsにおける『誰一人取り残さない』という理念と共鳴しています。
「生類憐みの令」と綱吉の統治、そして西洋的近代社会や現代のSDGsを比較することで、歴史を通じて繰り返される「生命の尊重」という普遍的なテーマが浮かび上がります。綱吉が目指した道徳的な社会は、江戸時代を通じて社会秩序の維持に貢献しましたが、同時に現代のSDGsが掲げる持続可能な社会の基盤とも共鳴するものです。
他の都市と比較しても、江戸は外部との交流が制限されていた鎖国でありながらも、国内での経済的発展や文化的繁栄が顕著でした。この点で、江戸は独自の発展を遂げた特異な都市であり、他の世界的都市とは異なる発展の仕方でした。ロンドンやパリ、イスタンブールといった都市は、国際貿易や外部との交流を通じて発展しており、これらの都市の発展は後の近代化に大きな影響を与えました。
江戸の例は、平和と安定、徳が都市の発展にどのように寄与するかを示す例であると言えると思います。江戸時代の「Pax Tokugawana」の間、同時期の他の世界的な都市は、戦争や内戦、外敵からの攻撃に頻繁にさらされ、平和を維持することは困難でした。
平和がもたらした安定した社会環境は、江戸の発展と繁栄を支え、世界的にも類を見ない文化的・経済的な成長を遂げる要因となりました。
綱吉の治世は、過去の歴史における一つの試みとして評価されると同時に、現代においてもその思想を正しく理解する必要があると思います。綱吉の思想を現代社会にどう適用できるかを考えることは、私たちが直面する倫理的課題に対する重要な視点を提供してくれると思います。たとえば、現代の動物愛護法や環境保護政策において、綱吉の生命尊重の理念をさらに深く反映させることで、持続可能な社会の実現に寄与できるかもしれません。