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関税というバリア

2026.6.15

国際的な交易や人の移動が始まるなかで、人類は港や道路だけでなく、通貨や言語、信仰といった文化資産を互いに利用し合うようになり、その結果として「通行税」や「使用税」といった、空間や機会へのアクセスに対する負担の仕組みが生まれました。
世界各地で、都市や港の利用に応じて課されるさまざまな課税制度が発展してきました。たとえば中世ヨーロッパでは、都市に入る際に徴収される入市税や、橋の通行にかかる橋税などが広く導入されていました。中国では、秦漢時代からすでに課税制度が存在していました。イスラム圏でも、市場への出入りや販売行為に対して課される税がありました。このように、ヨーロッパ、中国、イスラムのいずれの文化圏においても、空間や資源を互いに利用し合うなかで形成された課税制度は、一方的な制裁や排除のためではなく、「開かれた交流を維持するための利用と保全のバランス」として機能していたと言えるとおもいます。
これらはいずれも、誰かが利用することによって発生する外部効果や維持費用を、「受益者が公平に分担する」という発想に基づいて設計されており、その源流はまさに前近代の通行税や使用税にあると言えるでしょう。
関税とは、外国から輸入される貨物に対して、輸入国の政府が課す税金のことを指します。通常は国境や港、空港などの通関の時点で徴収され、国家財政を支えたり、国内産業を保護したり、あるいは貿易政策の手段として活用されたりします。

関税の主な目的は、①財政収入、②産業保護、③貿易調整の三つに分類されます。
財政収入としては、特に発展途上国で歳入の柱となることが多く、産業保護では、安価な輸入品から自国産業を守ることで成長を促します。貿易調整では、外交交渉や貿易不均衡の是正など、経済・安全保障政策の一環として機能します。

16世紀から17世紀にかけて近代国民国家が成立すると、それまで「空間の利用に対する対価」として存在していた税制度は、次第に「国家が意図的に市場に介入する戦略的制度」としての性格を強めていきました。
重商主義の時代においては、国の富とは金や銀といった貴金属の保有量であり、貿易黒字を確保することが国家の強さの象徴とされていました。この時代には、「外国から商品を買うなら、自国が責任を持って税を課し、その負担も自国内で引き受ける」という、“保護=自責”型の関税構造が制度として確立されていきました。
たとえば、フランスでは財務総監コルベールによる産業政策(コルベール主義)が展開され、国内の製造業を支援するために関税が活用されました。これは、国家が自国の産業を育て、同時に財政と雇用を支えるための制度的枠組みとして、関税を積極的に活用したものです。
この時代において関税は、他国を排除するための壁ではなく、自国の産業を育成するための支えとして設計されており、あくまで内政の一部として自律的に扱われていたのが特徴です。

しかし、関税はやがてその性質を変えていきます。
1930年、世界恐慌の真っただ中でアメリカが導入したスムート=ホーリー法は、数千〜2万品目規模の輸入品に対して高関税を課し、外国製品の流入を遮断しようとするものでした。これに対して各国が報復関税を発動した結果、世界貿易はわずか2年ほどで半減し、世界恐慌はさらに深刻化する事態となりました。
この出来事以降、関税はしばしば、「相手国を痛めつける」「締め出す」といった目的で、外交的・地政学的なバリアとして用いられるようになっていきます。近年の米中関税戦争も、関税が報復の手段として使われた代表的な例であり、その影響はアメリカの農家や製造業者にまで及び、深刻な打撃を与えました。こうした「外に向かって閉じる関税」は、歴史的に見ても、成功よりも副作用や失敗を多く生み出してきたと言えます。
現在の制度は、相手国を排除するための関税と、自国産業を補助金で支えるという壁と支えの二重構造に偏っている側面があります。しかし私たちは今「税とは何のために存在するのか」を、制度の観点からもう一度問い直す必要があるかもしれません。
関税を「排除の壁」ではなく、「相互育成の装置」として設計し直すことは可能です。そして実際、そうした包摂型の関税制度の萌芽的なモデルはすでにいくつか存在しています。たとえば、先進国が発展途上国に関税優遇を提供するGSP(一般特恵関税制度)や、炭素排出に応じて国境で価格調整を行うCBAM(炭素国境調整税)、さらにFTAやEPAといった相互的な市場協定などは、いずれも信頼と制度の透明性に基づく共育型の関税モデルと位置づけられます。
これらの制度は、いずれも「信頼」「制度の透明性」「対話の持続可能性」が前提とされており、単なる利害調整ではなく、価値観の共有によって成り立つ税の新たなあり方を体現していると言えるとおもいます。
一方で、いわゆるトランプ関税は、この包摂的な枠組みとは対照的な性質を持っています。アメリカの貿易不均衡是正や製造業保護を目的とするものでしたが、従来の多国間協定を無視、あるいは迂回しながら、外交・経済的圧力の手段として、単独的かつ報復的に課された関税群であることが特徴です。
この政策は、伝統的な「市場保護型関税」でも「産業育成型関税」でもなく、国家主義的な経済観にもとづいて、貿易をゼロサムゲームと見なし、相手国に対する制裁や交渉圧力のために制度を反転利用した攻撃的関税政策と位置づけられます。
トランプ関税は短期的な保護の効果はあったものの、物価上昇や国際的信頼の低下など、多くの副作用を伴いました。

このように、トランプ関税とは、国家間の対話ではなく、対立を前提として貿易制度を外交戦略の“武器”として利用した、21世紀型の攻撃的関税政策であると言えるとおもいます。

いま私たちに求められているのは、関税を「競争の遮断」や「制裁の象徴」としてではなく、共育の制度として再構築する設計思想を持つことではないでしょうか。
その具体的な方向性としては、アイデアベースですがたとえば次のような取り組みが考えられます。
● 関税率を、産業の育成段階や環境負荷、社会貢献度に応じて動的に変化させる「アルゴリズム関税」の導入
● 教育や雇用の創出、あるいは労働者保護に貢献する企業や製品に対して、優遇措置をつける
● 関税協定そのものを「意味と資源の共同編集の場」として捉えなおし、再設計していく

このような提言は、制度を罰や障壁として扱う従来の思考から一歩外に出て、制度そのものを対話と包摂の媒体として捉えなおす未来志向の構想ではないかと思います。
もともと「通行税」という仕組みが生まれたとき、それは支配や拒絶のための制度ではありませんでした。そうではなく、人々が相互に資産や空間を開き合い、利用し合う関係のなかで自然に育まれてきた制度だったと私は思っています。税制度とは、財源の確保だけではなく、「他者との関係性」や「社会的責任の共有」を制度として表現する装置でもあります。こういう再設計の考え方こそが、これからの時代の貿易と包摂の土台になっていくんじゃないかな、と私は思っています。(図1、図2、図3)


【リーガル・デザイン・ディクショナリー】

自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement):
国家や地域の間で関税や輸入規制などの貿易障壁を削減・撤廃し、物やサービスの自由な取引を促進するために締結される国際協定である。参加国間の貿易を活性化し、経済成長や国際競争力の向上を図ることを目的とする。近年のFTAは、関税だけでなく、投資、知的財産権、電子商取引、政府調達など幅広い分野を対象とすることが多い。日本は、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定 や 地域的な包括的経済連携 などの多国間協定に参加するとともに、各国との二国間FTAやEPA(経済連携協定)を締結している。
(参考:外務省「我が国の経済連携協定(EPA/FTA)等の取組」、https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/

誠実履行原則(Pacta Sunt Servanda):
「合意は守られなければならない」を意味する国際法および契約法の基本原則である。国家間で締結された条約や、私人間で締結された契約は、当事者が誠実に履行する義務を負うという考え方を指す。国際法では条約の拘束力の根拠となる最も重要な原則の一つであり、条約当事国は国内法や政策上の都合を理由として一方的に履行を拒否することは原則として認められない。また、民法上の契約関係においても、契約当事者は信義誠実の原則に従って契約を履行すべきものとされている。
(参考:コトバンク「合意は拘束する」、https://kotobank.jp/word/合意は拘束する-61419

信義則(信義誠実の原則):
権利の行使や義務の履行にあたって、相手方の信頼を裏切らないよう誠実かつ公平に行動しなければならないという法の基本原則である。日本では民法第1条第2項に「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」と規定されている。契約書に明記されていない事項であっても、当事者間の信頼関係や社会通念に照らして誠実な対応が求められるため、契約解釈や損害賠償、労働関係など幅広い場面で適用される。権利濫用の防止や公平な法運用を支える民法上の基本原理の一つである。
(参考:コトバンク「信義則」、https://kotobank.jp/word/信義則-536926

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