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修身から道徳、探究 授業がかたどる社会の輪郭

2026.5.28

学校の科目は、ふだん深く考えることなく受け入れているかもしれません。でも、「なぜこの教科があって、なぜこの内容を学ぶのか」と問い直してみると、そこには教育が描こうとする“社会のかたち”が浮かび上がってきます。


たとえば国語や算数、理科や社会といった教科は、知識やスキルを学ぶものだと私たちは思いがちです。しかしその裏には、「どんな社会をつくろうとしているのか」という意図が静かに流れています。


なかでも、「道徳」という科目は特別な位置づけにあります。「人としてどう生きるか」を扱うこの教科には、ある種の価値観が埋め込まれていて、子どもたちの心に深く作用します。道徳は、単に「正しさ」を教えるだけでなく、「誰を社会の中に迎え入れ、誰を知らぬ間に外に置くのか」といった、包摂のあり方にも関わっているのではないでしょうか。


かつての日本には、「修身(しゅうしん)」(図−1)という科目がありました。明治から昭和初期まで、小学校や中学校で「修身」の授業が行われており、「親に孝行しよう」「天皇を敬おう」「正直であろう」といった教えが教科書に並びました。朗読し、暗記し、それを通して「立派な人」になることが求められたのです。

(図−1)修身要領/福沢諭吉(著)・青空文庫


ここで重要なのは、「どういう人を“よい人”とするか」を、国家が定義していたという点です。たとえば「父母に孝行しよう」という言葉。一見、当たり前のように聞こえますが、そこには「父」と「母」がそろっていて、それぞれに役割があるという家庭像が前提とされています。母子家庭や、親のいない子どもたちは、想定外の存在として扱われていた可能性があります。


つまり、修身が目指していた「よい生き方」は、ある特定の社会モデルに沿ったものでした。その枠から外れる子どもたちは、「描かれない子ども」として、見えにくい存在になっていたのです。修身は、社会をひとつにまとめようとする装置であると同時に、その枠に入らない人たちを見えなくする仕組みでもありました。


こうした視点は、現代の教育や道徳を考えるうえでも大切です。「よいことを教える」ことは、同時に「それ以外をよくないものと見なす」線引きを含んでしまうからです。


戦後、修身は廃止されました。国家の理想を一方的に押しつけていたという反省があったからです。その代わりに登場したのが、現在の「道徳」(図ー2)です。

(図−2)価値観を広げる道徳授業づくり/髙宮正貴(著)・北大路書房


いまの道徳の授業では、「友だちと仲良くしよう」「いじめはやめよう」「思いやりを持とう」といったテーマが扱われます。どれも大切なことですが、よく見ると、そこにも「こうあるべき」という社会像がやわらかく織り込まれているように思えます。修身が「こうしなさい」と命令していたのに対して、道徳は「みんなで考えてみようね」と語りかけながら、実は「この考えが正しいよね?」と優しく誘導しているようにも感じられます。


これは言葉狩りや揚げ足取りではなく、当時の教育観がそういうものだったという事実にすぎません。私自身、そうした教育の中で育ってきました。


こうして見ると、道徳は“柔らかくなった修身”とも言えるかもしれません。表現は優しくなりましたが、「あるべき姿」を静かに、しかし確実に子どもたちに伝えようとする力は、しばらくの間、息づいていたように思います。


実は、戦後すぐに道徳が導入されたわけではありません。修身が廃止されたあと、日本にはおよそ10年近く、正式な道徳科目が存在しない時期があったのです。


そんな時期に、道徳の代わりではないものの、ある教育実践が注目されていました。それが「生活綴方(せいかつつづりかた)」です。1910年代ごろから行われていたこの方法は、子どもたちが自分の生活をふり返り、そのままの言葉で文章を書くというものでした。


ただ書くだけでなく、「何を書くか」「どう書くか」「どのように直すか」といった過程を重視し、先生がていねいに指導していました。文章は文集にまとめられ、クラスや他校と読み合い、感想を交わし合いました。こうしたやりとりを通じて、子どもたちは他人の暮らしを知り、生活を深く見つめ、人間関係を育んでいったのです。


戦後、この方法は再評価され、日本綴方の会が設立されるなど、民間の教育運動の中心となっていきました。当初は「地方の子ども向けの特別な方法」と思われていたものが、「むしろ日本のことばや文化のあり方を考える手がかりだ」と捉え直されていったのです。生活綴方は、作文の訓練というより、「自分の生活を自分の言葉で語る力」を育てる教育だったのです。


これを道徳教育と呼ぶべきかはわかりません。でも、現代にも通じる中庸で豊かな教育のあり方だと私は思います。
そして今、「探究」という新しい科目が高校生たちに導入されています。「自ら問いを立て、答えを探し、社会とつながる力を育てる」ことが目的とされています。

そして今、「探求」(図−3)という新しい科目が高校生たちに導入されています。「自ら問いを立て、答えを探し、社会とつながる力を育てる」ことが目的とされています。

(図−3)「探求」の現在地とこれから/酒井淳平(著)・明治図書出版


一見、修身や道徳とはまったく異なるように見えます。国が正解を押しつけるのではなく、生徒が自分で問いを立てていい。とても自由なように思えます。


でも実際には、「社会とつながる問い」や「SDGsにつながるテーマ」が“よい問い”として期待されている空気も感じられます。「こういう問いを立てられる子が、いい探究だよね」という無言の選別のまなざしがあるのではないか──そう思うこともあります。


問いを立てる力や、自分で考える姿勢を育てるという探究の理念そのものは、とても頼もしいものです。でも、「すてきに見える問い」ばかりが評価され、そこに無意識の選別が働いていないか。そのことを、立ち止まって考えてみる必要があると思います。


修身はなくなり、道徳はやわらかくなり、探究は自由になった。けれど、私たちは本当に「正しさ」から自由になったのでしょうか?


もしかすると、いまの子どもたちが一番強く感じている倫理的な圧力は、教室の中ではなく、むしろ教室の外にあるのかもしれません。


正しさを一方的に教えることよりも、もっと難しいことがあります。それは、「正解のない問い」を抱え続けること。他者と違ったまま、それでも共に考え続けること。これはデザインの”厄介な問題”に向かう姿勢にています。


これからの倫理教育には、「ゆらぎを含んだ包摂」のあり方が求められているのではないでしょうか。正解を示すのではなく、余白やゆるやかさ、そして互いへの敬意をもって、共に問い続ける場。それこそが、次の教育の姿なのかもしれません。


たとえば、宮崎駿のアニメーションにも、こうした希望のあり方が見えます。『風の谷のナウシカ』のナウシカは、滅びゆく世界でも希望を手放しません。『君たちはどう生きるか』の眞人は、新しい家族を受け入れようとします。暗い現実の中でも、希望を信じること。それが宮崎が子どもたちに送り続けてきたメッセージです。


そしてその希望に惹かれるのは、子どもたちだけではありません。親たちも、さらにその上の世代も、そこに救いを見出します。なぜなら宮崎作品は、子ども向けの物語でありながら、大人にも真剣に向き合うことを求める複雑さを内包しているからです。


複雑さと希望。そのあいだにある「ゆらぎ」にこそ、これからの倫理教育の可能性が宿っているのかもしれません。

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