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カレーライス物価とビッグマック指数──子ども食堂から考える「包摂の市場設計」
経済は、抽象的な言葉で語られることが多い。GDP、為替レート、物価指数、実質賃金。これらは社会の全体像を示す重要な指標だが、生活者が日々感じる経済の重みとは必ずしも一致しません。人が実感する経済はもっともっと具体的なんです。「今日カレーを作るといくらかかるか」「ビッグマックはいくらか」。こうした問いのほうが、生活の感覚に近いのです
1986年にThe Economistが考案したビッグマック指数(図1)は、購買力平価をわかりやすく示すための指標です。世界中で販売されているBig Macの価格を比較することで、通貨の実質的な価値を測ろうとしたものです。この指標の本質は、経済理論を「食べ物」に翻訳した点にあります。数式ではなく、「ハンバーガーが何個買えるか」で世界を比べること。専門家の言語を生活者の言語へ移し替えたこと。それは知の包摂装置という言い方ができるかもしれません。
また、日本にはカレーライス物価(図2)という言葉があります。総務省統計局のCPI(消費者物価指数)の説明や広報の中で「カレーライス1食分の材料費」という形で使われ始めたものです。家庭でカレーを一皿作るための材料費を積み上げ、野菜価格や肉価格、エネルギーコストの変動を反映させたもです。カレーは贅沢でもなく、最低限の食事でもありません。カレーライスは日本の家庭料理における「標準」に近い存在です。だからこそカレーライス物価は、「普通の暮らしはいくらかかるか」という問いを含んでいるのです。2015年にカレーライス物価は251円でしたが、2025年には349円になっています。ビッグマックが世界比較の指標なら、カレーは国内の指標とも言えます。
しかし、ここで本当に考えるべきことは、「食べられるかどうか」では無いと思います。現在の日本では、多くの家庭でカレーは作れるし、マクドナルドも日常的な存在です。問題は、そうした食が市場の内部で自然に成立しているのか、それとも制度的補完によって支えられているのか、という点かもしれません。



全国に広がる子ども食堂(図3)は、この問いを突きつける存在なのです。子ども食堂は、行政補助金、寄付、ボランティアなどによって運営されることが多いです。市場からこぼれ落ちた需要を受け止める再分配装置として新たに考えられ、現在は機能しています。これはいまでは不可欠な存在であり、社会的に重要な役割を果たしているのですが同時に、そこには一つの構造を露わにしました。すなわち、市場だけでは食の包摂が自動的には成立していないのではということです。
ビッグマック指数も、カレーライス物価も、「買えるかどうか」を前提にした指標です。つまり、それらはすでに市場の内部にいる人を測るための指標だと言えます。では、その外側にいる人を指標にしたらどうなるでしょうか。
たとえば、「子ども食堂に行かずにカレーを食べられる割合」。あるいは、「寄付や善意を介さずにビッグマックを買える割合」。こうした問いは、これまでほとんど指標として扱われてきませんでした。
しかし、本来考えるべきなのは、こちらではないでしょうか。何がどれだけ安くなったかではなく、誰が市場からこぼれずにいられるか、ということです。
この視点から見ると、子ども食堂の意味は少し変わって見えてきます。子ども食堂は単なる支援の場ではありません。むしろそれは、市場の包摂機能が外部に委ねられている状態を可視化する装置とも言えます。本来であれば市場の内部で完結しているはずの食の提供が、ボランティアや寄付といった非市場的な仕組みによって補われている。その構造を静かに示しているのです。
カレーの価格が上がることはニュースになります。しかし、カレーを市場で買えない人の存在は、統計として現れにくいのが現状です。この非対称こそが、現在の経済の盲点なのかもしれません。第三の指標が必要だと思います。
ビッグマック指数が通貨の実質的な価値を示し、カレーライス物価が生活の実感を示すのであれば、子ども食堂は、市場の包摂がどこまで機能しているのかを示す指標として読み替えることができるのではないでしょうか。
では、その第三の指標とは何でしょうか。ここで必要なのは、新しい言葉を作ることではないと思います。むしろ、これまで指標になってこなかったものを、そのまま指標として読むことです。子ども食堂の数です。言い方を変えれば子ども食堂に「行かなくてはならない人の数」と言えるかもしれません。
ビッグマック指数が価格を通じて通貨を測り、カレーライス物価が材料費を通じて生活を測るのだとすれば、子ども食堂は、「市場の外に出てしまった食」をそのまま示しています。つまり、子ども食堂は指標なのです。それは、善意の集積であると同時に、市場の包摂がどこで破れているのかを示す、極めて具体的なデータでもあります。

しかし少し奇妙なことが起きます。本来、子ども食堂は「減ること」が望ましいはずの存在です。しかし現実には、その数が増えることが社会的な成果として語られることもあります。このねじれは何を意味しているのでしょうか。支援が増えているのか。それとも、市場からこぼれる人が増えているのか。おそらく、その両方です。本来、支援が増えれば、こぼれる人は減るはずです。このずれこそが、「包摂の市場設計」という問いが必要になる理由だと思います。市場の内部で食が成立する状態と、外部の善意によって補われる状態。この二つを切り分けたままにしておくのか、それとも設計し直すのか。
カレーやビッグマックが示していたのは、価格の問題でした。子ども食堂が示しているのは、到達の問題です。様々な指標の背景にある仕組みや意図を読み解いていくことが重要なのかもしれません(図4)。
【デザイン・リーガル・ディクショナリー】
消費者物価指数:
消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index)とは、全国の世帯が購入する商品やサービスの価格の変動を総合的に示す指標である。総務省が毎月公表しており、食料、住居、光熱・水道、交通・通信などの価格を基に算出される。ある時点を100とした指数で表され、物価の上昇(インフレーション)や下落(デフレーション)の動向を把握するために用いられる。賃金や年金の改定、経済政策の立案などにおける重要な基礎資料となっている。
(参考:総務省統計局「消費者物価指数(CPI)」、https://www.stat.go.jp/data/cpi/ )
子どもの貧困対策推進法:
子どもの貧困対策の推進に関する法律(子どもの貧困対策推進法)は、子どもの将来が生まれ育った環境によって左右されることのないよう、また貧困が世代を超えて連鎖することを防ぐことを目的として、2013年に制定された法律である。国と地方公共団体に対し、教育の支援、生活の支援、保護者に対する就労支援や経済的支援などの施策を総合的に推進する責務を定めている。これに基づき、政府は「子どもの貧困対策に関する大綱」を策定し、子どもの貧困解消に向けた取組を進めている。
(参考:こども家庭庁「子どもの貧困対策」、https://www.cfa.go.jp/policies/kodomonohinkon )
(参考:e-Gov法令検索「子どもの貧困対策の推進に関する法律」、https://laws.e-gov.go.jp/law/425AC1000000064 )
生活保護制度:
日本国憲法第25条の生存権の理念に基づき、生活に困窮する国民に対して最低限度の生活を保障するとともに、その自立を支援するための公的扶助制度である。生活保護法に基づき、収入や資産が最低生活費を下回る場合に、生活扶助、住宅扶助、医療扶助、教育扶助などが支給される。実施主体は市区町村を管轄する福祉事務所であり、困窮の程度に応じて必要な保護が行われる。
(参考:厚生労働省「生活保護制度」、https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/index.html )
(参考:e-Gov法令検索「生活保護法」、https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000144 )
軽減税率制度:
消費税率が10%へ引き上げられた2019年10月1日から導入された制度で、低所得者への配慮や家計負担の軽減を目的として、一部の品目に標準税率10%より低い8%の税率を適用するものである。対象となるのは「酒類・外食を除く飲食料品」と「週2回以上発行される定期購読契約の新聞」である。これにより、生活必需品に対する税負担を抑え、消費税の逆進性を緩和することが図られている。
(参考:財務省「『軽減税率制度』について教えてください。」、https://www.mof.go.jp/tax_information/qanda023.html )
(参考:国税庁「軽減税率制度の概要」、https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/01.htm )
エンゲル係数:
家計の消費支出に占める食料費の割合を示す指標であり、「食料費÷消費支出×100」で算出される。19世紀のドイツの統計学者 エルンスト・エンゲル が提唱したもので、一般に所得が低いほど生活費に占める食料費の割合が高くなり、所得が高くなるとその割合は低くなる傾向がある。したがって、エンゲル係数は家計の生活水準や物価動向を把握する指標として利用されている。ただし近年は、外食や中食の増加、高齢化などの影響も受けるため、単純に生活水準だけを示す指標ではないとされる。
(参考:コトバンク「エンゲル係数」、https://kotobank.jp/word/えんげる係数-3145727)
おすそわけ:
自分が得た食べ物や品物などの一部を、近隣や親族、知人などに分け与える日本の慣習を指す。本来は、神仏に供えた供物の「裾(すそ)」にあたる部分を分けることに由来するとされる。農村社会では収穫物や保存食の分配として行われ、都市部でも旅行先のお土産や贈答品を分ける習慣として受け継がれている。おすそわけは単なる物のやり取りではなく、人々のつながりや相互扶助の関係を維持・強化する社会的な役割を果たしている。
(参考:コトバンク「お裾分け」、https://kotobank.jp/word/御裾分け-452605 )
「ハレとケ」の食:
日本の民俗学における「ハレ(晴れ)」と「ケ(褻)」の区別に基づく食文化を指す。ハレは祭りや年中行事、結婚式などの非日常的・儀礼的な場面を意味し、その際には赤飯や餅、尾頭付きの鯛など特別な料理が供される。一方、ケは日常生活を意味し、普段の食事がこれに当たる。日本人は伝統的に、日常の食事と儀礼的な食事を区別することで生活にリズムを与え、共同体の結束や人生の節目を確認してきた。
(参考:コトバンク「褻」、https://kotobank.jp/word/褻-58508 )
世間並み:
社会一般において標準的・平均的であるとみなされる生活水準や行動様式、価値観を意味する言葉である。日本社会では、住居、教育、冠婚葬祭、消費行動などにおいて「世間並み」であることが重視される傾向があり、周囲との調和や同調を図る基準として機能してきた。一方で、その基準は時代や地域、社会階層によって変化し、過度に意識すると経済的・心理的負担を生む場合もある。社会学では、世間並みは人々の生活意識や社会規範を理解するための重要な概念とされている。
(参考:コトバンク「世間並」、https://kotobank.jp/word/世間並-547625 )