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10 禁止の形は美しくないのです。

2022.12.6

排除アート

排除アートという言葉をご存知でしょうか。パブリックスペースが破壊を受けたり、想定していない用途で使われたりしないよう、建造物に何かしらの要素を加えることを指します。
多くがホームレス排除を目的としていて、都市での生活者の中でも社会的マイノリティの排除を目的としていることがほとんどと言われています。座ったり、屯(たむろ)したり、スケートボードをすることを防ぐ意図をもって設置されているものもあります。

ホームレス自立支援施策として、ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法があります。しかし、道路交通法には、道路法32条(道路占用)や43条(道路に関する禁止行為)があります。もともとはそれぞれ別々の根拠があって生まれた法律が、適用の仕方や適用の根拠を誤ることで、問題が生まれます。公共の場所を無制限に誰でも使ってしまうと秩序が失われてしまいますが、そもそも問題を解決せず「座りにくくする」「使いにくくする」ことがデザインやアートではないはずです。

よくわからないからと言って「アート」って言うな

海外では、
ホスタイル・アーキテクチャ(Hostile architecture、「敵対的建築」)、
ディフェンシヴ・アーキテクチャ(defensive architecture、「防御的建築」)、
ホスタイル・デザイン(hostile design、「敵対的デザイン」)、
アンプレザント・デザイン(unpleasant design、「不快デザイン」)、
ディフェンシヴ・アーバン・デザイン(defensive urban design、「防御的都市デザイン」)
などと言われています。
「アート」や「デザイン」の名のもと、本来の排除の意図をごまかそうとしている構造や、その思考法や思想に、大きな問題を感じてしまいます。そもそもの問題を解決せずこのような表現や名称になっていくことに、排除の構造が確立されてしまわないことを願うばかりです。また結局よくわからないものを「アート」という言葉でごまかしてしまおうという意識も垣間見えます。

そしてまた、ホームレスに使いにくくする空間デザインは意図せずとも、高齢者、障害者、子ども、子育て中の保護者(ベビーカー)などにとって都市を使いにくいものにしてしまうことを、行政は認識すべきと思います。

町村敬志(編著)(2013)『差別と排除の「いま」――都市空間に潜む排除と反抗の力』明石書店

差別意識の構造

差別意識の構造とは、どのように形成されているのでしょうか。
一般的な差別の定義として『広辞苑』を見てみますと、
「(1)差をつけて取りあつかうこと。わけへだて。正当な理由なく劣ったものとして不当に扱うこと。(2)区別すること。けじめ。」
となっています。


もう少し専門家の定義を見てみます。社会学者の福岡安則は
「一般的に、特定の個人や集団にたいして、社会生活上のさまざまな局面においてのある待遇をすることを差別という。広義には、上下関係や能力差などによって不平等な取り扱いがなされることすべてが差別であるということができるが、社会問題としての固有の差別とは、一定の人種や民族に属する人たち、心身に障害をもった人たち、歴史的(政策的)に賤民身分とされた人たちの子孫、一定の思想・信条・信仰をもった人たち、あるいは女性などが、歴史的・社会的な諸条件のもとで、政治的・経済的・社会的にその基本的な人間としての諸権利を奪われている状態をさす。また、学歴差による不平等な処遇も、今日的な問題である。」
と述べています。様々な状況における不平等が差別であるというアプローチです。

福岡安則、辻山ゆき子(1991)『同化と異化のはざまで――在日若者世代のアイデンティティ葛藤』新幹社


また同じく社会学者の三橋修は
「ある集団ないしそこに属する個人が、他の主要な集団から社会的に忌避・排除されて不平等、不利益な取扱いをうけること。その集団の区分規準は、人種、民族、生活様式、国籍、血統、性別、言語、宗教、思想、財産、家門、職業、学歴、心身障害、ある種の病など多種におよび、被差別集団は、これらの内の単一あるいは複数の要因のかたまりで形成される。差別のあらわれ方と激しさは、その社会の文化と歴史によって異なるが、差別される側の就業機会はせまく、他集団成員との自由な通婚が疎外され(性差別を除く)、しばしば居住地域まで限定されるという共通性がある。」
と述べています。

さらに江嶋修作は
「・行為主体が意識的か無意識的かは問わない。
・カテゴリーが実在のものか架空のものかは問わない。
・行為客体が個人か集団かは問わない。」
としています。

石田雄、三橋修(1994)『日本の社会科学と差別理論』明石書店


差別論の中で、1968年にチュニジア人作家であるアルベール・メンミによって定義された差別論は、今なお支持が高いです。彼は、植民地下における植民者の被植民者への差別主義に対して、以下のように定義しています。
「差別主義とは、現実上の、あるいは架空の差異に普遍的、決定的な価値づけをすることであり、この価値づけは、告発者が己の特権や攻撃を正当化するために、被害者の犠牲をも顧みず己の利益を目的として行うものである」

差別は不平等を作り出そうとする構図で、それは過去の文化の「けがれ」によることも多々あり、その根拠は「フィクション」であると言えます。しかしそれによって私達は意識・無意識関係なく、差別の思想や行動を起こしているということになります。

アルベール・メンミ(1971)『差別の構造――性・人種・身分・階級』白井成雄、菊池昌実訳、合同出版

なぜこのようなことが起こるのか。歴史的にも様々な専門領域から言説されています。哲学や社会学の観点から深く示すことはできませんが、デザイン・ユーザーの観点から、少しでもわかりやすくみえるよう、バイアスという観点からのアプローチを紹介したいと思います。

情報文化研究所(2021)『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』フォレスト出版


バイアス

バイアスとは、そのまま日本語のカタカナで使われており、ピッタリの訳語がありませんが、「偏向」「傾向」「先入観」「思い込み」などの意味合いで「贔屓(ひいき)」「色眼鏡」などと言われることもあります。いくつかのバイアスを紹介します。排除や差別を考えなおすアプローチの一つになれば幸いです。

二分法の誤謬(出典:https://www.weblio.jp/content/誤った二分法?dictCode=WKPJA

“ 非論理的誤謬の一種であり、実際には他にも選択肢があるのに、二つの選択肢だけしか考慮しない状況を指す。”

物事を無理やり二つに分けて、それ以外の可能性をふまえずに話を進める方法で『虚偽の二分法』と言われます。選択肢や選択肢の組み合わせで複数の可能性があるのに、二択しかないかのように論を張ることです。
例えば道路使用を認めるか認めないのか、それ以外の選択肢もたくさんあるはずです。選択肢のための事実もたくさんあるはずですが、それを見ずに考えを進めると、誤った少ない可能性の範囲だけの議論になってしまいます。

スリーパー効果(出典:https://linexat.com/sleeper/

“ 信頼性が低い情報源から得られた情報であっても、時間の経過とともに信頼性の低さがもたらすマイナスの効果が消え、コミュニケーション効果(意見変容、態度変容など)が時間の経過とともに大きくなる現象をいう。”

当初はなにか怪しく思っていた情報も何度もきき、時間が経つにつれてそのように感じてしまうことです、SNS社会の差別はこのようなところから生まれることも多いですが、人間の心理的特性ですので、このようなことが起こるという知識を持っておくことが、社会包摂において重要と考えます。


内集団バイアス(出典:https://gimon-sukkiri.jp/bias-2/

“ 外集団の者より内集団の者に対して好意的な認知・感情・行動を示す傾向 ”

「内集団」とは、自分が所属する集団のことで、「外集団」とは、その反対で、自分が所属しない外部の集団のことです。「日本人がすごい」というテレビ番組がたくさんあると思います。それらは、「内集団バイアス」を番組で利用しています。つまり日本人をほめることで、視聴者である日本人自らの自尊心も高めようとするものです。帰属意識そのものは何も問題ないと思うのですが、それを高め過ぎたり排他的にし過ぎることで、差別的なことを生みかねないということです。

私達は多くのことを誤ります

その他にも「ステレオ・タイプ」「認知的不協和」「チェリーピッキング」「迷信行動」「公正世界仮説」「同調バイアス」「ソリテス・パラドックス」等、私達は多くのことを誤ります。それがどのようにして起こっているのか。それを正しく理解して、自分や社会と向き合うことが重要と考えます。


リーガル・デザイン・ディクショナリー

ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法:
ホームレスの自立・予防・人権への配慮などに向けた生活支援を定めるために2002年に制定され、2027年8月6日までの限時法(2022年12月現在)とされています。日本のホームレスの定義は同第2条で「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」とされていますが、近年では、ホームレスの統計的な数自体は減っていますが、「ネットカフェ難民」など見えづらい立場の人もいます。自分の家を維持できない経済状態の者も含めて支援する国もあるそうです。
(参考:厚生労働省「ホームレス自立支援施策」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/homeless/index.html

道路法:
道路の交通確保や整備を通じて、公共の福祉を増進させることを目的とした法律で、1952年に制定されました。そのために、同第32条では道路の占用に許可が必要とされ、同43条では道路を損傷したり汚損したりすることが禁止されています。しかしながら、ホームレスを取り締まし、撤去を促す行政指導の根拠として用いられる実態があり、ホームレス自立支援法との連携が課題とされています。
(参考:徳脇拓也「国道上で生活するホームレスの現状と対応~自立支援をめざして~」
https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000624204.pdf

人権3法:
差別解消に向けた「障害者差別解消法」、「ヘイトスピーチ解消法」、「部落差別解消法」の3つの法律を指します。いずれも2016年に施行され、差別の無い社会の実現に向けた国や地方自治体の責務を定めています。
(参考:福岡市人権啓発センター「人権に関する法律など」
https://www.city.fukuoka.lg.jp/shimin/jinkenkeihatsu/jinken.html

障害者差別解消法:
障害者の人権を尊重するために「不当な差別的取り扱いの禁止」と「合理的配慮の提供」を定めた法律で、2016年に施行されました。
(参考:当コラム第6回「合理的配慮!? 積極的理解と対応」
https://www.didi.design.kyushu-u.ac.jp/column_06/

ヘイトスピーチ解消法:
ヘイトスピーチとは、特定の民族や国籍の人々を社会から排除する差別的言動を指し、同法は正式名称を「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」と言います。京都朝鮮第一初級学校で愛国主義団体が人種差別に該当する街宣をした2009年の事件などを受け、2016年に施行されました。
(参考:法務省「ヘイトスピーチ、許さない。」
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.html

部落差別解消法
部落差別がインターネットを中心に広がりを見せている状況に対し、部落差別の相談や教育、啓発、調査などの施策を定めた法律です。これと関連して、2022年12月2日には「YouTube」が被差別部落の地名を曝し上げる170本以上の動画を削除したことも話題になりました。
(参考:福岡県「「部落差別の解消の推進に関する法律」が施行されています。」
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/burakusabetsu-2016.html

表現の自由と差別:
人権3法には罰則規定はありません。また、ヘイトスピーチ解消法や差別をめぐる批判に対し、日本国憲法第21条の「表現の自由」が持ち出されることがあります。確かに表現の自由は私たちの重要な権利ですが、同第12条では憲法の保障する自由や権利を常に「公共の福祉」のために行使することが定められています。2019年には最高裁で大阪市のヘイトスピーチ規制条例が憲法21条に違反しないとの判決が下されました。「表現の自由」の名のもとに誰かの尊厳を貶め、社会から排除する行為は、公共を棄損することになるという共通認識が必要です。
(法務省「ヘイトスピーチに関する裁判例」、
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken05_00037.html

日本国憲法第14条:
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と定められています。また、ドイツの憲法にあたる基本法第3条でも「何人も、その性別、門地、人種、言語、出身地および血統、信仰または宗教的もしくは政治的意見のために、差別され、または優遇されてはならない。何人も、障害を理由として差別されてはならない」と定められています。
(衆議院「日本国憲法」、
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm

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