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05 必要だけど、うちの隣はいやだ

2022.11.1

児童相談所の建設
公共の施設の整備計画に地元住民が反発して、その延期や断念を余儀なくされる事態はそこここで見られます。例えば、ゴミ処理場・火葬場・福祉施設・児童施設、他にも様々なものがあると思います。多くの場合、うるさい、汚い、治安が悪くなるなどの理由で地価や暮らしの質が下がるなど、ないと困るけど自分の家のとなりには来ないでほしい、受け入れがたい施設だと認識されているようです。

東京の港区南青山では児童相談所を核とした複合施設の設置に対し、一部の住民が反対を主張する事態に発展し、その様子が多く報道されました。結局、2021年に計画通りに施設は開設されましたが、公共施設の問題を象徴する出来事でした。

区は事前に説明会を開き、近隣の住民に児童相談所について説明を行いましたが、住民たちからは、なぜ青山の”一等地”に”そんな”施設を造らなくてはならないのか、”表参道”の”超一等”地に”そういうもの”を建てると資産の”価値が下がる”のではないか、”ランチ単価が1600円も”する土地に親が子どもを連れてくる施設を建てるべきではない、などの意見が噴出したそうです。
ある住民が「意識の高い公立小学校に子どもを入れるため、億を超える投資をして家を建てた。南青山はお金を稼いで住むべき土地。ブランドイメージを守ってほしい」と述べた時には、会場から拍手が挙がるような有り様だったそうです(東京新聞、2019年2月5日)。

その時に私の頭に浮かんだのは、

  • 地域の価値は地価でしか計れないのか?
  • 地域の価値とはそもそも何か?
  • 子どもや親に手厚い地域の価値はとても高いのではないか?
  • 選べない隣人を排他的に扱う地域の価値は?
  • そもそも困っている子どもや子育てへの施策は十分か?
  • 児童相談所ってどんなところでどんな仕組みなのか、みんなわかっているのか?

などといった疑問でした。少し整理してみたいと思います。

まず、児童相談所は、児童福祉法11条1項2号に基づき、児童、すなわち0歳から17歳の者(児童福祉法4条)を対象に以下の業務内容を行っているところです。

  • 児童に関する様々な問題について、家庭や学校などからの相談に応じること。
  • 児童及びその家庭につき、必要な調査並びに医学的、心理学的、教育学的、社会学的及び精神保健上の判定を行う。
  • 児童及びその保護者につき、前号の調査又は判定に基づいて必要な指導を行なうこと。
  • 児童を一時保護所に保護し、その後親に戻すか、児童養護施設などに預けるか決定する(一時保護は2か月を超えてはならない。しかし、必要がある場合は引き続き一時保護を行う。)

東京都福祉保健局の児童相談所は、

「児童相談所は、児童福祉法に基づいて設置される行政機関です。原則18歳未満の子供に関する相談や通告について、子供本人・家族・学校の先生・地域の方々など、どなたからも受け付けています。児童相談所は、すべての子供が心身ともに健やかに育ち、その持てる力を最大限に発揮できるように家族等を援助し、ともに考え、問題を解決していく専門の相談機関です。」(東京都児童相談センター・児童相談所ウェブサイトから引用)

と説明しています。これだけでは、どんな相談ができるのかが少しわかりにくいので、同じサイトに掲載されている「相談の種類」を見てみましょう。ここで、相談の内容は以下のように大きく5つに分類されています。

養護相談:虐待相談、養育困難
保健相談:一般的健康管理に関する相談
障害相談:視聴覚障害相談、言語発達障害等相談、肢体不自由相談、重症心身障害相談、知的障害相談、ことばの遅れ相談(知的遅れ)発達障害相談
非行相談:ぐ犯行為等相談※、触法行為等相談
育成相談:不登校相談、性格行動相談、しつけ相談、適性相談、ことばの遅れ相談(家庭環境)

※注釈 ぐ犯行為
 保護者の正当な監督に服しない性癖のあることなど一定の事由があって、その性格または環境に照らして、将来、罪を犯す、または刑罰法令に触れるおそれのある少年の行為をいいます。

児童相談所の相談の約80%が子供の健康と養育・虐待に関するものだそうで、地域の環境を悪化させるような要因はどこにもないと私は思います。
むしろ、このような相談に対応した施設、施策、人員が整備されればされるほど、地域はより社会包摂的なものとなり、周辺にも好影響をあたえ、さらに成熟していくと考えられるのではないでしょうか。とは言え、整備への反対意見が起こる背景や反対意見を言った人への誹謗中傷にも対策を打つなど、包摂的に解決していくことが重要であり、住民との対話を通じて設置に漕ぎ着けた港区の対応は適切なものだったように私は思います。

家庭や育児に関するあらゆる支援をワンストップで

こうして設立された港区子ども家庭総合支援センターは、児童相談所に加え、子ども家庭支援センターと母子生活支援施設(10室)が一体となった地上4階建ての複合施設であり、家庭や育児に関するあらゆる支援をワンストップで提供する狙いが込められているそうです。  

児童相談所の所長には他の自治体の児童相談所に長く勤務した医師が着任し、児童福祉司17人、児童心理司10人、保健師1人、非常勤の弁護士もふくめて計約85人態勢で計画され、職員のスキルアップにも力を入れるそうです。
児童相談所設置準備担当の方は「区民の思いは多種多様で一概に現状認識を申し上げることはできないが、出来ることを着実にやってきた。今後も理解を頂けるよう努力していく」と説明し、「秘匿性に配慮しながら、地域に開かれ、溶け込んだ施設」を目指すとしています(福祉新聞、2020年5月8日)。

幼稚園ってうるさい!?

もう一つ大変興味深い論文・調査があります。

「保育施設から発生する音の特徴と近隣住民の意識」片岡 寛子, 高田 正幸, 岩宮 眞一郎

です。その論文の抄録には以下のように書かれています。
「保育施設から発生する音の影響を体系的に把握することを目的として,音環境実測調査と近隣住民に対する意識調査を行った。幼児の声や運動会の音は,多くの回答者に好感が持てると判断されたが,それらを不快に感じる回答者もいた。不快な音は,特になしとの回答が多かったが,保育士の声や送迎車の音などに対する指摘も見られた。実測調査と意識調査の対応から,保育施設から発生する音に対する好感や不快感は,その発生時間の長さやA特性時間平均音圧レベルの大きさに必ずしもよらないことが分かった。また,保育施設で行われる行事への参加経験や参加の意思がある人ほど,保育所の新設により肯定的であることが示された。」

簡単に説明してみます。まず、幼稚園など保育施設での運動会の子どもたちの声や声援は決してうるさいと思われているわけではなく、好感を持つ人も多いそうです。むしろ、運動会が「うるさい」ものだと思われているのには、先生の声、アナウンス放送、送迎の車の音などのほうが大きく影響しているのだそうです。さらに幼稚園などでの行事の参加経験や参加の意思がある人ほど、保育所の設置に肯定的であることがわかったそうです。

ドイツの「子どもの声」

また、ドイツでは2011年5月、「子どもの声」に関わる連邦法が改正され、児童保育施設などから発生する音を環境騒音から除外しました。

同法6条には「子どもの発する騒音は、自明な子どもの成長の表現として、かつ、子どもの正当な発達の可能性を保護するものとして、原則として社会的相当性があり、したがって受忍限度内である」と記されており、子どもが原因の音は法的にも社会的にも容認すべきものとなりました。

一方で、静穏権という考え方もあります。静穏権は、日照権や眺望権などと同様、「健康で快適な環境の回復・保全を求める権利」と定義される環境権の一種です。憲法第13条(幸福追求権)や憲法第25条(生存権)がその根拠だそうですが、空港の飛行機の騒音と幼稚園の喧騒を同列で扱うべきかどうかなどの課題もあります。

もちろん、物理的な「うるさい」も多層的なので事実の把握をしなければいけませんが、心理的な「うるさい」もコミュニケーションによって変化していきます。こうした調査研究は、公共的なことを考える上でとても重要なことを示唆してくれています。

音と社会包摂のデザインについては、他にも重要なことがたくさんあります。

大体の人が耳が悪い

特別養護老人ホームなどでは、さまざまな方が様々な疾病や障害を持って入居されています。それぞれの症状に応じて様々な方が大変な思いをされています。しかし、程度によって差はありますが、ほぼ共通して大変なことが見られます。それは耳が遠い方が多いということです。介護士の方などは、1人の被介護者に対して1日に数十回は声を掛けます。介護される方が車椅子の方やベッドに寝ている場合、その都度、腰をかがめて大きな声を出さないといけないのです。そんな中、車椅子の後ろからでも声をかけやすく、ベッドに寝ている人にも声をかけやすく、本人もお医者さんの診察の声を聞きやすいような、介護者にとっても被介護者にとっても、よりよい音環境を実現するデザイン開発も始まっています。

一方的な思い込みや価値判断だけでなく、事実をしっかり解き明かしたうえで、みんなで様々な価値の方向性を考えることがこれからの包摂的なまちづくりには必要だと言えそうです。「音」や「心の中」のような目に見えないものは、特にそうなんだろうと思います。


リーガル・デザイン・ディクショナリー

NIMBY
Not In My Back-Yard(私の裏庭には、やめて)の略。廃棄物処理場や原子力発電所など公共的に必要とされてはいるものの、自分自身の身の周りには置くことを好まれていない施設を指す。

児童福祉法
第12条で都道府県による児童相談所の設置義務が記載されています。(e-gov法令検索、https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000164

一物四価
1つの土地が持つ4つの評価額(実勢価格(時価)、公示地価、路線価、固定資産税評価額)を指します。

幸福追求権
憲法第13条では「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と記述され、この権利を根拠として、静穏権や環境権が「新しい人権」として提唱されてきました。(衆議院憲法審査会事務局「「新しい人権等」に関する資料」、https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/shukenshi094.pdf/$File/shukenshi094.pdf)

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