Newsletters

DIDI.Newsletter(2021年11月公開)

2021.11.1

今号はソーシャルアートラボより〈自然の循環と協働体の再生のためのアート実践の仕組み−物語からのアプローチ〉のプロジェクトを紹介。担当教員である知足美加子教授にお話をうかがいました。

(DIDI News Letterは、社会包摂デザイン・イニシアティブ(DIDI)内の研究活動を発信するニュースレターです。DIDIを構成するソーシャルアートラボ、シビックデザインラボ、デザインシンクタンクが取り組む各プロジェクトの研究や活動を、インタビュー/レポート記事にて届けていきます。)


Project:自然の循環と協働体の再生のためのアート実践の仕組み−物語からのアプローチ【ソーシャルアートラボ】

ソーシャルアートラボでは、アート活動を通して2016年の熊本地震、2017年の九州北部豪雨への災害復興支援をこれまで行ってきました(詳細はこち)。本サイトのプロジェクト紹介ページでも触れていますが、近年の自然災害が苛烈化や疫病のまん延によって社会的つながりの分断や孤立が進んでいます。ソーシャルアートラボではこれまでの活動からさらに一歩踏み込み、アートを通した協働がどのような「物語」を創造し共有・伝達されていくのかというプロセスに着目しながら、自然災害の需要と伝承のあり方について調査を深めるとともにアート実践を行っていきます。

(参考)2019年度「九州北部豪雨災害復興支援プロジェクト」より。2017年の九州北部豪雨で被災した「共星の里」(福岡県朝倉市黒川)の野外スペースに復興ガーデンを制作し、被災木を活かして東家セルフビルドを行いました

未来へと紡いでいく「物語」

プロジェクト目的の一つに、アートの社会包摂的役割として、社会的疎外や自然災害で打ちのめされた心のレジリエンス(一般的に「回復力」「復元力」と訳される)があります。これまでもソーシャルアートラボではプロジェクト参加前と後に主観評価を行ってきました。そこでは効果があがったような回答を得ることができた一方で、定型的な回答が多かったことに知足教授は疑問をもったといいます。

「たとえば、活動しているときに感じた相手の何かちょっとした目の動きだったり、言葉だったり。活動からずいぶん経った後、ふとしたことで連絡をいただいたり。そういう対話とかエピソードとかノンバーバルな動きのようなことの方が、実は重要なのではないかと感じています」と知足教授。自分の預かり知らないところで出来事が生まれたり、つながっていったりするなかで生まれる「物語」。そういう「物語」を集めた真実、評価のあり方を作っていくことが大切だと話します。

またプロジェクトの目線は、ずっと先の未来へと向けられています。「私たちがやろうとしていることは、抽象的で理解されにくくもあります。すぐに結果が出るものではありませんから。ですが、30年後ぐらいの子どもたちにはきっとわかってもらえるんじゃないでしょうか」。

思い描く未来のヴィジョンに自分たちを重ね、そこから今に戻って計画を立てていくというバックキャスティング的なスタイルをとっていきたいともいいます。「未来から今を思い出す。言葉は未来を描くには貧弱ですが、それが形や色や空気感であれば風景として、人は意外とはっきりと未来を思い描くことがでます。それをアートによって支援できればと思っています」。

自然が見せる真実と、その説得力

修験道文化(2017年九州北部豪雨災害被災地)やアイヌ文化(2018年北海道胆振東部地震被災地)など、自然を信仰の対象とする伝統文化をもち、かつ自然災害被災地でもある地域が活動の中心です。修験道やアイヌ文化を背景にもつ人々と関わり続けている知足教授は、「自然こそが真実の集積です」と強く実感を込めます。

「世の中にはフェイクニュース的なものがたくさん流布しています。ですが自然に目を向けると、種から芽が出るとか、風が吹けば草木が揺れるとか、そこには真実しかありません。もちろん自然は脅威でもありますが、一方で循環して自ら起死再生するという力ももっています」。アイヌの人々や修験者たちをはじめ、昔の人々が、森や草原を環境の循環(あるいは防災)の装置ととらえ、その文化をつなげていった歴史に知足教授は注目しています。

「その循環のあり方をフェイクではなく目の前で、自然という真実の中で展開していくことが大切です。またその場限りではなく、言うなれば自分たちがいなくなった後にも続いていくような、時間軸を超えて縦に投げられるような仕組みを作られるのが、自然を介する生きる文化・アートなのではないでしょうか」と話します。

写真は、英彦山(福岡県)の鬼杉を用いた彫刻です。樹齢1200年とされ九州最大級の巨木である鬼杉は、平成3年(1991年)の台風によって被災し、大枝が折れてしまいました。知足教授はその大枝から不動明王像を彫り出しています。

彫刻制作にあたっては地域の人々と協議や対話をしたり、山中製材したり、迦楼羅炎を一緒に手がけたりなど、いろいろな人に参加してもらっています。「なにか美しいものを作っていくことに関わったという自覚があると、自分の心の種がそこに蒔けるというように思っています」。

本プロジェクトにおけるほかの活動に対してもその思いは同じです。本プロジェクトにたくさんの人々が関わり、そしてどのようなたくさんの「物語」が生み出されていくのでしょうか。期待が高まります。

知足美加子《不動明王像》2021年(制作途中)
作品に用いられた鬼杉の大枝。尊い鬼杉の枝だからと地域の人たちで山奥から苦労して運び出し、添田町で長い間保管されていました
「鬼杉の木目が、偶然、そのまま瞳になっていて自分でも驚いています」と話す知足教授

プロジェクトの進行状況について

【調査】

  • 森林に関する修験道文化とアイヌ文化調査
  • 木材のDNA解析による品種と分布、歴史的由来の分析
  • 森林生物資源の生理活性機能解明

【アート実践】

  • 災害被災木による造形美術制作
  • 地域固有種植生によるアートガーデンプロジェクト
  • ARを活用した体験型映像作品制作

現時点では、調査については計画が練られているところです。アート実践については、災害被災木による造形美術制作はすでに着手され間もなく作品が完成するという段階(《不動明王像》)、アートガーデンプロジェクトは季節によって固有種の花を咲かせる「季節花時計」を企画中、そしてARを活用した体験型映像作品制作は土の中で起こっている樹木の菌根菌ネットワークへの想像力を喚起するコンテンツ制作を計画しています。それぞれの活動の具体的な内容については、また改めてレポートしていきます。

page top >