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DIDI Newsletter(2024年2月公開)DIDI勉強会:イミグレーション(出入国管理)デザイン

2024.2.21

今回は11月に開催した、イミグレーション(出入国管理)デザイン勉強会のレポートです。勉強会では、福岡出入国在留管理局と福岡空港国際線入国審査エリアを見学した学生による分析の報告とディスカッション、そして2023年度グッドデザイン・ニューホープ賞を受賞した学生による「入学当初の外国人親子と担任をつなぐ連絡帳」の研究発表が行われました。その様子をお届けします。

※勉強会はZoomによるオンラインで行いました。

[勉強会参加者]

発表:高榕さん(大学院芸術工学府修士課程1年)、山田和佳さん(大学院芸術工学府修士課程2年)

参加教員:尾方義人・田中瑛(DIDI)、谷正和(九州大学名誉教授)

提携機関:福岡国際空港株式会社、福岡出入国在留管理局、一般社団法人YOU MAKE IT

イミグレーション(出入国管理)デザインについての発表

勉強会は、九州大学大学院芸術工学府博士課程1年の高榕(Gao Rong)さんによる研究発表からスタートしました。中国からの留学生である高さんは、尾方研究室で福岡空港の入国管理を事例に外国人から見た情報システムの包摂性を高める研究をしています。今回の勉強会では、福岡出入国在留管理局(福岡入管)と福岡空港国際線ターミナルの入国審査エリアを見学し、実際に利用する外国人の視点で分析した結果を発表しました。

※下記の図は、高さんの発表スライドの一部




高さんは入国時の体験が国に対する第一印象に影響をおよぼすと感じた経験から、入国時に情報がどのように提示されているのかに着目して、外国人が入国審査の際に抱く不安感を解消する包摂的なデザインを目指したと言います。今回の調査では、事前に「よるごはんmeeting」というYOU MAKE IT主催の在留外国人同士の交流イベントに参加し、福岡入管や福岡空港の入国審査エリアを見学させてもらう機会を得たそうです。

まず、福岡入管を見学して抱いた感想を語ってもらいました。外国人が日本に長く在留する場合、在留カードを取得し、定められた在留期間を超えそうな場合には更新または在留資格の変更をすることになっています。入管はそうした在留に関する手続きを行う法務省の機関で福岡入管は地下鉄赤坂駅の近くにあります。そこで、入管の手続きが複雑だと感じた高さんは、その際の利用者の行動の手順をあらかじめ整理し、実際に見学して手続きの流れを分析してみることにしました。そして、一緒に見学した他の在留外国人とも議論を交わしてみて分かったのは、国や言語による情報格差、手続きの導線に応じた情報の配置、行政手続きそのものの複雑さなどを当事者は課題だと感じているということでした。例えば、「ハガキ」や「印紙」といった日本特有の文化を難しく感じたり、言語によっては翻訳された文書がないなどの問題が見えてきたと言います。

さらに、福岡空港の見学では、先ほどの議論で出てきた問題をふまえて、入国審査に関する書類の内容、審査にかかる時間、入国審査エリアでの情報の見せ方について調べたといいます。福岡空港の入国審査では多様な言語やピクトグラムを活用した手続きの説明や、QRコードや顔認識ゲートの導入など、よりスムーズな入国を目指して努力しているものの、実際に利用者の動きを観察すると、情報を提示する側が意図している導線と異なる場合が見られたそうです。

その後、高さんは「よるごはんmeeting」でのグループ見学にも参加し、他の参加者の感想を聞き取り調査し、課題を分析していきました。例えば、利用者を誘導するための掲示物が必要に応じて継ぎ足されているために、手がかりとなる言語以外の情報が分かりにくくなるなどの問題があるのではないかと指摘し、より理解しやすい方法を提案したいと次なる目標を掲げてくれました。発表を聞いた福岡入管や福岡空港の参加者の方々からも「利用者の生の声を聞くことができ、とても参考になりました」と感想を頂きました。

高さんの発表を受けて、参加者同士でも議論を交わしました。デザイン学が専門の尾方先生は、最初は計画的に統一性のあるサインを作るものだが、長年にわたり使い続けると、さまざまな需要に応えた結果として掲示物が多くなってくる。実はそこから何が需要として生まれているのかを考えるヒントがあるのではないかと指摘します。田中先生からも、日本社会全体が合理的に移動させることを意識するあまりに、情報量が過剰で分かりにくくなっており、安心して立ち止まれる空白地帯も必要なのではないかという感想が寄せられました。

また、YOU MAKE ITの参加者の方からは、世界共通のサインを生み出す必要性を感じたとの意見もあり、日本における文化の特異性が重要な論点として話し合われました。特に印紙による支払い手続きは日本独自のもので、事前の周知が必要ですが、高さんの実感から見るとあまり届いていないようです。人類学者として国の間の移動をよく経験する谷先生からも機械翻訳などを使った多言語対応などの仕組みが作られればよいのではないかとの意見も出ました。

入学当初の外国人親子と担任をつなぐ連絡帳

今回の勉強会は、「日本に訪問/在住する外国人のコミュニケーションの困りごとを、デザインや仕組みでどう解決していけるのか、新しい考え方を増やしていこう」という意図で行われました。勉強会では、在留外国人とのコミュニケーション支援の参考例として、入学当初の外国人親子と担任をつなぐ連絡帳を研究・制作した同大学院芸術工学府修士課程2年・山田和佳さんにも発表してもらいました。

「入学当初の外国人親子と担任をつなぐ連絡帳」は、山田さんが学部時代の卒業研究で制作したものです。海外から入学/編入した外国人児童が小学校に慣れるまでの間に連絡帳を通じて自分の気持ちや思ったこと担任に共有し、その交流を保護者が見守れる連絡帳であり、日本に根付いている「連絡帳文化」を土台とした新しいコミュニケーションデザインを提案しています。高い評価を受け、2023年度グッドデザイン・ニューホープの情報デザインのカテゴリーで入賞を果たしました。

山田さんは、近年、福岡市に住む外国人の人口の増加率が高まっていることに着目して研究を始めたといいます。「まずインタビュー調査を行って、在留外国人たちが実際にどのようなコミュニケーションをとっているかを明らかにすることから始めました。在留外国人の暮らしをサポートしている方や、在留外国人の当事者から話を聞いていく中で、在留外国人と地域の人が交流する機会というのは学校や職場が大半であること、また職場ではお互いデジタル機器やコミュニケーション能力を活用して交流していることがわかりました。そこでアナログかつ人手不足な傾向と言われる小学校現場に的を絞り、どのようなコミュニケーションが行われていかの調査を重ねました」と話します。

小学校に通っている外国人の児童、保護者、担任教諭へのインタビューでわかったのが「児童は環境に慣れるのは早いが、それまでの期間、意思を伝える方法がお互いわからない」「担任と保護者では対面以外で相手に伝える手段が限られている」という2つの課題。これらを解決するにあたって、小学校に定着している連絡帳のシステムが活用できるのではないかと考え、連絡帳の制作に着手したと言います。

実際に使用されている連絡帳を観察したうえで試作品を作り、それを外国人の保護者にみてもらい、ロールプレイングも行って評価をしていった結果、山田さんは2種類の連絡帳を作り上げました。

① 担任と児童のための連絡帳
児童が抱える些細なSOSを担任に共有できるというコンセプト。文字が読めなくても理解できるようイラストを載せたり、丸を付けるだけで理解できたり表現できたりする方法を考案した。保護者も毎日このやりとりを確認できる。

② 担任と保護者のための連絡帳
保護者にとっては手書きの記入は負担が重くなるため、既存の連絡帳にある縦線の記入欄を一旦廃止し、必要事項にチェックするだけのデザインにした。「文字を書いて相手に伝える」というお互いが当たり前だと思っていた「手間」をなくすことに注力した。

今回の研究にあたって山田さんは、「外国人と地域住民の共生という広い観点で問題を捉えてしまうと、解決策自体も散漫になってしまうので、とにかく何か一つに絞って、何か一つの形を作ってみました。また、作ってみることで問題がより顕在化する側面もあり、いろんな人から『もっとこうすればいい』というアイデアも得られるところを狙いとしました」と結論づけ、最後に「この連絡帳を実際に外国人の親御さんに見てもらったときに『これは外国人の子どもだけでなく、転校してきた日本人の子どもにとっても活用できるんじゃないか』という素敵なアドバイスをいただきました」との報告をしてくれました。

山田さんの発表の後、谷先生から「全体的にとてもよくできています。中でも一番よいところはコミュニケーションのハードルをかなり下げているところです。私もずっと学生とのコミュニケーションは直接話すのがいいと思っていたのですが、学生に紙にコメントを書いてもらうようにしてみたら、ずいぶん上手くいろんなやりとりができるようになったという経験があり、それと重なりました。特に外国人の保護者にとってこの連絡帳はとても心強いものになるのではないでしょうか。困ったときにここを掴めばいいという感じに、よくできていると思います」との称賛がありました。

また、尾方先生から「DIDIで何冊か作ってみて、今日ご出席のみなさんに実際に見ていただくことで、違う意見が出たりブラッシュアップができるかもしれません。大学の仕事として引き継いでいけるといいなと思います」との提案が出ました。


2人の学生の研究を通して、外国人とのコミュニケーション支援を考えていった今回の勉強会。最後に谷先生が「いま日本にたくさんの外国人、特に南区には留学生を含めたくさんの外国人の方々が来てくれています。日本の社会として何か活かせられないかというのが、この勉強会の最初のモチベーションでした。今日の学生お2人の発表はよい視点でした。留学生からの視点を詳しく聞いたのは初めてだったので、高さんの研究はとても参考になりました。山田さんの研究は『おっ!』と思うほどの、よいアプローチだなと思いました。私自身どのような形で関われるかわかりませんが、これからも引き続きよろしくお願いいたします」と締めくくりました。

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