Newsletter−準備号

2021.7.1

はじめに

社会包摂デザイン・イニシアティブでは、学内外のネットワークの構築を図るため、イニシアティブ内の研究活動を学内外に発信するニュースレターを発行していきます。第1号を9月に発行する予定ですが、その前に準備号として、今回、谷正和 九州大学大学院芸術工学研究院長による「ごあいさつ」と、社会包摂デザイン・イニシアティブの概要をまとめた記事をお届けします。


ごあいさつ

現在の資本主義を基調とする社会は行き詰まりを迎え、暴力的ともいえる金融資本主義・市場原理主義が主導する「市場における自由な競争」によって、格差や貧困が拡大しています。非寛容が充満し、アメリカをはじめとして世界中で社会の分断が進んでいます。

日本でもホームレス、障害のある人々、LGBTの人々に対する差別的な行為や発言など、社会的分断と非寛容の事例は年々増加しています。そして、新型コロナウイルスによるパンデミックは、こうした状況をさらに悪化させました。

これらの問題を克服するための新しい社会モデルとして、包摂型社会というものが提唱されています。包摂型社会とは、障害や貧困、人種、国籍、性的指向など様々な理由によって、社会から疎外された少数派といわれる人々はもちろん、全ての人々の個別のニーズに応じたサービスを提供できるような社会、そういうサービスを提供することで、健全な成長力や豊かさの新しい価値が生み出される、そのような社会を指しています。

このような状況の中、社会包摂デザイン・イニシアティブを芸術工学研究院で組織し、推進することになりました。皆様にはさらなるご指導、ご協力をお願い申し上げます。

谷正和

九州大学大学院芸術工学研究院長
・九州大学副学長


【News】
社会包摂デザイン・イニシアティブ、はじまります。

DiDiは、アートに力点を置くソーシャルアートラボと、デザインに力点を置くシビックデザインラボ、総括的な役割を果たすデザインシンクタンクの3つのラボで構成しています。ソーシャルアートラボではアート活動を通じてコミュニケーション/コミュニティを、シビックデザインラボでは科学や工学の要素も入れたデザインシステム/システムデザインを通じて社会包摂にアプローチしていきます。

本記事では、研究院長特別補佐として本組織の立ち上げに関わった尾方義人教授、中村美亜准教授へのインタビューをもとに、DiDiの構成やコンセプトについて紹介していきます。

組織構成

ソーシャルアートラボは2015年4月に同研究院の附属組織として誕生し、2021年3月までの6年の間に、アート活動を通して社会の課題にどう向き合っていけるかをテーマに実践講座、公開講座、教材開発など様々な活動を行ってきました。この4月から活動の場をDiDiというひとまわり大きな組織の中に移し、これまでの活動を継続するとともに、力点を少し変えていくといいます。「これまでの活動で社会の課題とどう向き合っていけるかが分かってきたので、今度は、それをどういうふうにいろいろな人たちと連携していくか、何をすると継続していけるようになるのか……制度も含め、活動の方法や連携体制について考えていきます(中村)」。これまで活動してきた豪雨災害復興支援プロジェクトや奥八女芸農プロジェクトを継続しながら、障害をもつ人たちに向けたインクルーシブな劇場体験のプロジェクト、認知症ケアのプロジェクトといった新たなプロジェクトを展開していきます。

2018〜2020年度に行った「九州北部豪雨災害復興支援プロジェクト」。
福岡県八女市黒木町笠原地区にて、認定NPO法人山村塾と協働し2015年より行っている「奥八女芸農プロジェクト」。
シビックデザインラボが目指す、多様な色覚特性を持っている人たちを基点としたデザイン手法や仕組みデザインの提案。
プロジェクト「ジェンダー/LGBTsのデザイン」による「ジェンダー展in中央図書館」(2021年6月23日(水)〜7月15日(木)に開催)。

シビックデザインラボでは、本年度はまず視覚情報、ヴィジュアルデザインからアプローチしていきます。例えば、人によって見え方や色の認識が異なるといった視覚の多様性、あるいは障害をもつ子どもにどのような視覚情報を伝えるかなどの研究、またピクトグラムなどグラフィックによるジェンダー表現(機能や意味として性別を伝える必要がないところでの性差のないフリーな表現)の研究が進められています。「具体的に何かを作ったり実践しながらプロジェクトを展開し、対象となるデザインの方法の問題点や具体化されていない課題を見つけていきます。一方で行政や企業と連携し、これまでデザイン分野とは縁がなかったであろう総務や法務といった部署との連携を目指すことで、潜在的な需要も見出せればと考えています(尾方)」。

デザインシンクタンクは組織内外のコーディネートや、ソーシャルアートラボ・シビックデザインラボの活動を通して抽出された情報や方法の分析、国内外の関連事例の調査など、総括的な役割を果たします。

ソーシャルアートラボとシビックデザインラボの活動は学際的な新しい試みであるため、情報の蓄積が重要となります。「特にダイバーシティとインクルージョンという分野で考えると、一つの分野だけで解決できないものがあります。役所という組織を例にすると、福祉や男女共同参画についてそれぞれの部署だけで見ていっても広がりがなく、解決方法が見出せなかったりします。それが、福祉・文化・男女共同参画と3つの部署が組むことで、いろいろな可能性がでてくるし、解決策も見えてくると思います。そのようなパターンを見出していけたら(中村)」。

デザインシンクタンクの役割で、もう一つ重要なのが「仕組み」のデザインです。「各プロジェクトのデザイン方法をモデル化して活用することに加え、それぞれのプロジェクトがどういうものであったか、どうしてうまくいったのか、いかなかったのかを『仕組み』として見ていきます。これら形式知や暗黙知をデザインシンクタンクで蓄積していくこともミッションの一つです(尾方)」。

DiDiの考える「仕組み」のデザイン

「私たちがいう『仕組み』のデザインとは、『関係の再構築』や『価値の変容』を促すデザインで、ここではとくに人々の関係を多様で包摂的なものへと変化させるデザインを指します。ただ便利になるものではなく、人の関係性が変わるものをデザインするところがポイントです(中村)」。例としてあげるのは「インクルーシブ公園」。一般的に公園の遊具は子ども向けに作られていていますが、それを障害のある人も使えるようにデザインすると、今までそこに来なかった人たちも来るようになり、新しいコミュニケーションが生まれたといいます。このように「仕組み」を作ることで人の関係性が変わり、その関係が多様になっていくことで、包摂的な社会になるとDiDi では考えています。

「公園を例にもっと具体的にいうと、1人乗りのブランコを車椅子も乗れるようにすると3人でも乗れるブランコになり、新しい遊び方も生まれました。捉え方を変えたことでデザインの方法が変わり、新しいコミュニケーションが生まれ、また、新しい仕事も増えるかもしれません。そうするとまた新しい枠組みや新しいルールが必要になります。その新しいルールをよりよいコミュニケーションにしてくことが必要です。これら『仕組み』そのものをデザインするのがシステムデザインです。そして、これを公園の話では終わらせず、別の課題にも使える方法にするのがデザインシステムだと考えています(尾方)」。つまりDiDiの考える「仕組み」のデザインとは、「仕組み」そのものをデザインすること(システムデザイン)、そしてそのような「仕組み」のデザインをどのようにすれば見つけられるか、生み出せるかの「仕組み」を考えること(デザインシステム)、その2つの意味をもっているのです。

それぞれの展望

最後に、中村准教授、尾方教授がもつDiDiでの展望をうかがいました。

中村
「何か課題があったときに直接的に解決しようとするのではなく、視点を変えたり、あるいは誰かと一緒に連携することで、課題そのものがなくなることがあります。DiDiではそのような事例を見せたり、このようにやるとその解決法が見つけられる、見つけやすくなるというようなことを示したいと思っています。すべての課題に共通するユニバーサルな解決策はなく、その場その場で答えを見つけていくしかありませんが、課題があるときの向き合い方のコツ、あるいは見つけ方のコツというのはあります。そういうコツをみんなで共有していくことができると、いろいろなところでの問題が、問題でなくなるのではないでしょうか。それがマイノリティといわれている人たちが生きやすくなることにつながるのではと思っています。」

尾方
「新しい捉え方をする組織です。芸術工学部の中だけでもユニバーサルデザインやインクルーシブデザイン、あるいは子育て、外国人など様々な研究やデザイン実践があります。それらを対象による分け方ではなく、方法的にまとめていくだけでも新しい価値が生まれるのではないかと期待しています。また大学全体にわたって他の学部、さらには学部だけではなく事務局など学内の他の組織とも連携することで、学内でこれまで見えていなかった問題が見えるようになり、その解決方法も増えるようになるのではないでしょうか。もちろん学外との連携も積極的に行っていきます。関わりが増え、見方や仕組みを少し変えるだけで問題解決できる、そのようなことを実践的に考えていきたいと思います。」


【予告】

当ニュースレターでは、これからソーシャルアートラボ・シビックデザインラボの各プロジェクトの研究や活動を詳しく紹介していきます。第1号は、9月発行の予定です。お楽しみに!