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21 生きづらさに向かい合うために

2023.2.21

2021年に話題になったノートがあります。「mahoraノート」(大栗紙工株式会社)です。

大栗紙工さんのノート
大栗紙工株式会社のウエブサイトによると、このシリーズは2種類あります。

【mahora Lemon】
うす黄色の中紙に、太い線と細い線が5mm間隔で交互に入っています。書いている行の識別がしやすく、2行を使って大きく文字を書いたり、漢字にふりがなを書いたりするのにも便利です。

“ 線を引いて自由にカスタマイズ ”
一番上と一番下、そして真ん中のけい線にも1cmごとの印が入っています。たて線が結びやすく、表づくりにも便利。1cm四方の枠も簡単に作成できます。

mahora(まほら) (og-shiko.co.jp)

【mahora Lavender】
うす紫色の中紙に、あみかけの帯が8.5mm間隔で入っています。帯によって、文字を書くときに行をはっきりと識別できます。

“ あみかけだから自由に描ける ”
シンプルな設計だから、使い方は自由。けい線がないので、絵や図も自由に描くことができます。」

mahora(まほら) (og-shiko.co.jp)

いずれもテカりが少なくやさしい質感で、マットな色と紙です。また、「太い線と細い線が5mm間隔で交互に」や「あみかけの帯が8.5mm間隔で」と機能は大変工夫されていますが、それ以外の余計な要素はありません。

実はこのノート、発達障害当事者の皆さんの意見を聞きながら開発されたものなのですが、定型発達の人にとっても便利なものです。つまり、当事者の方々だけでなく、誰にとっても使いごこちの良いノートが出来上がったというわけです。

当事者から

同社は、より使いやすいノートをつくるために、民間の支援団体「一般社団法人UnBalance(アンバランス)」さんとの協力により、発達障害当事者の方々が安心して使えるノートの開発を、のべ約100名の当事者の方へのアンケート調査をもとに行うことになったそうです。

その結果、ごくごく「普通」の既存のノートに対して、メーカー側が当たり前と思っていて気づかなかった意見が多く出たそうです。例えば、大栗紙工のウエブサイトによれば、「紙の反射がまぶしくて、文字が書きにくい」、「いつの間にか書いている行が変わってしまう」、「けい線以外の情報が気になって集中できない」…などなど、当事者が多くの不便を感じていることが分かったと言います。これは、いわば、ノートの新しいデザイン要件を手に入れたとも言えます。

それにより、発達障害当事者の方々がより使いやすいノートができたのはもちろん喜ばしいことですが、それ以外の方々にも使いやすいノートであることから、こうした要件は単なるユニバーサルデザインではなく、新たな価値基準として捉えることができると思います。このような発達障害へのアプローチは、ノートの開発だけでなく、様々な展開や可能性があります。

安部博志(2017)『発達障害の子のための「すごい道具」――使ってみたら、「できる」が増えた』小学館

特別支援学級
小中学校において、発達障害の児童や生徒は 「特別支援学級」の対象者となる場合があります。

特別支援学級というと単に障害児の通う学級をイメージする方も多いかもしれません。しかし、厳密にはもう少し重要な意義があります。つまり、特別な支援を必要とするあらゆる児童や生徒に「個」に応じた教育的支援を提供するために小中学校に設置された少人数のクラスであり、1クラスの基準人数は8人とされています。

以下の7つの障害種別ごとに学級があります。

  • 自閉症・情緒障害
  • 知的障害
  • 肢体不自由
  • 弱視
  • 難聴
  • 言語障害
  • 病弱者及び身体虚弱

発達障害は「自閉症・情緒障害」のクラスに適応される場合が多いようです。その学級や学校に入る基準や判定方法は、地域により大きく異なります。

就学先は、市区町村の就学支援委員会というところが総合的に判断し、自治体の教育委員会が最終的に決定し通知を出すという事務手続きになるそうです。

特別支援学級の名称は、養護学級、育成学級、心障学級、障害児学級、実務学級、学習室、総合学級、個別支援学級などの機能に応じた名称のほか、なかよし学級、ひまわり学級、コスモス学級、ふれあい学級など、情緒的にまた学校の配慮や腐心が見られる名称があります。健康障害の児童のための健康学園という学校もあるそうです。

制度上は高校にも特別支援学級を置くことができるのですが、義務教育ではないことや入学試験があることなどから、実際にはあまり設置されていません。

総合的判断???

大阪府や岡山県では、障害児者と定型発達児者が同じ普通学校で学ぶ「知的障がい生徒自立支援コース(フレンドサポート)」や「共生推進教室」があり、軽度の障害者も対象にした高校も若干増え始めているようです。こうしたインクルーシブ教育は、障害児者だけでなく定型発達の児童や生徒の成長にもたびたび良い影響をもたらすと言われます。

しかし、課題もあります。中学時代に特別支援学校で教育を受けた児童は、基本的に普通学校のカリキュラムに基づく教育を受けているわけではないので、いわゆる「内申書」の評定は全教科が「1」もしくは「未評価」となるそうです。個に応じた教育の仕組みと言いながら、その評価の仕組みはまだまだ個に応じたものではなく、このような制度の矛盾が特別支援学級への無理解の一因となっている恐れもあると思います。

また、特別支援学級に入るかどうかの総合的判断というのは、障害の状態や子どもの様子、本人・保護者の意見、専門家の意見が考慮されます。保護者から見た子どもの特性や、必要な教育的支援、医療機関の判断なども判断材料になり、保護者が同意できない場合には教育委員会に申し立てることも可能です。これは個々に応じた教育環境を作るための措置ですが、障害者を隔離、排除するという印象を受ける人も多く、コミュニケーションを通じて理解を深めていく必要があります。

公立の小中学校全30,244校のうち、24,393校(80.6%)(2018年)が特別支援学級を設置しています。特別支援学級に在籍する子どもの数も年々増えており、10年前と比べて約2倍になっているそうです(2008年と2018年との比較)。

グレーゾーン

発達障害と判定されたり、特別支援学級の対象者となることは、本人やご家族にとって重要な出来事ですが、明白に障害が見られる場合だけでなく「グレーゾーン」と呼ばれる状態や範囲も課題視されてきました。


知的障害や学習障害は検査所見により診断されます。しかし、発達障害の大部分であるASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)には今のところ検査所見というものがなく、診断は症状や経過観察に基づき行われているそうです。これらの発達障害は、本人や保護者が悩みを訴えることにより診断され、過剰に多く診断されているという指摘もありますが、本来は白黒はっきりと診断できるものではなく、発達障害の診断が下りなくても発達障害に特有の傾向がある場合には、本人が深刻な生きづらさや支障に直面することがよくあります。つまり、診断基準で線引きをすることにより、そうした深刻な状況が見落とされる場合も多く、非常に難しい問題となっています。

発達障害の場合、ウィクスラー式知能検査(WAIS/WISC)で示される発達の不均等の度合いも診断の参考にされることから「発達に凸凹がある」という言い方がされることもあります。もとより、子どもたちには共感性やコミュニケーション力、相互性や社会性など様々な特性に違いがあると言えますが、こうした発達の特性の差異を「障害」ではなく「多様性」として捉えていくことが重要です。近年では生まれつきの感覚特性の多様性を表す「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」という言葉も着目されており、今後さまざまな研究が進んでいくことでしょう。すると、ASDやADHDといった診断名だけでなく、診断の概念や症状の理解の体系そのものが変わるかもしれません。

そうすると、今の診断や病名は一体何のためにあるのかと素朴に疑問がわきますが、少なくとも現在は正常/異常の線引きを行う診察ではなく、私たちの特性を理解しようとするプロセスとして位置付けることができるのではないでしょうか。医学的なことはわかりませんが、少しずつ人間を理解していこうという科学のプロセスと、それに合わせて私達が相互にわかり合おうとする意識の成長プロセスも重要です。

国立ハンセン病資料館「生活のデザイン」

国立ハンセン病資料館(https://www.nhdm.jp/)より

ところで、国立ハンセン病資料館で「生活のデザイン」という展覧会が2022年に開催されたので、少し紹介します。

「ハンセン病」とは何だったのか、「ハンセン病当事者」はどうしていたのか。世の中の枠組みや制度や境界線の作られ方をみることができるように思います。ハンセン病だけでなく、さまざまな障害や分断を考えるきっかけになると思います。

その展覧会の案内文を引いて締め括りたいと思います。

社会復帰のみが更生ではない。歩けないものが歩き、箒を持たなかつた者が箒を持ち、フオークを持てなかつた者がフオークを持つことが更生である。自主自由とはかかることを意味しなければならない。

(田代馨「不自由者の自主性ということ」 『多磨』第41巻 第11号、1960年11月)


【リーガル・デザイン・ディクショナリー】

学校教育法:
第81条2では特別支援学級の対象となる児童・生徒が定められており、これに附随した施行規則が定められています。(参考:文部科学省「特別支援学級及び通級指導に関する規定」

らい予防法:
1931年にハンセン病患者を隔離することを定めた「癩予防法」が制定され、1953年にそれを作り変えて制定されました。強制隔離や懲戒検束権などが定められ、労働や外出も制限されました。廃止されたのは1996年のことで、2001年には熊本地裁が違憲判決を下しました。(参考:厚生労働省「わたしたちにできること~ハンセン病を知り、差別や偏見をなくそう~」

発達障害者支援法:
発達障害者の個別支援を国の責務として定めた法律で、2005年に施行されました。それまで、知的障害を伴わない発達障害はそれまで福祉行政において位置付けられていませんでした。また、障害者権利条約発効を踏まえて2016年に法改正が行われ、支援の目的が「社会的障壁」の除去にあることなどが定められています。(参考:国立障害者リハビリテーションセンター 発達障害情報・支援センター「発達障碍者支援法」

境界線:
精神医療から境界線の引かれ方を考察した法哲学の名著として、哲学者ミシェル・フーコーの『狂気の歴史』(1961年)があります。大まかに言えば、フーコーは、精神医療という「科学」について、何が異常であるのかを客観的に定義することで、精神病棟や監獄に隔離し、人間全体を画一化しようと試みる権力構造を批判しました。障害に限らず、性や人種なども含め、社会がどのようにして包摂/排除の境界線を省みて、多様な差異を繋ぎ止めるのかは重要な論点だと言えます。

グレーゾーン:
境界線を引くことで人間は区分されてしまいますが、包摂/排除の枠に収まらず、制度の網の目から取り零された人々がいます。

精神障害の診断と統計マニュアル(DSM):
アメリカ精神医学会が1952年に初版を発行した国際的な精神障害の診断基準で、現在は2013年に改訂された「DSM-5」が参照されています。その変遷をたどると診断名や診断基準にも時代に応じて変動が見られることが分かります。(参考:医学書院「DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル」

ウィクスラー式知能検査(WAIS/WISC):
最も普及している知能検査の一つで、1939年に米国で発表されました。大人用がWAISで最新版が「WAIS-V」、5歳~16歳用がWISCで最新版が「WISC-V」です。WISC-Vでは「言語理解指標」「視空間指標」「流動性推理指標」「ワーキングメモリー指標」「処理速度指標」の5つの発達が検査され、各指標の差の程度が発達障害の診断の参考として用いられています。(参考:日本文化科学社「WISC-V知能検査」

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