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時評:“三連水車”を社会包摂・仕組みのデザインから考えてみました。

2022.12.17

福岡県朝倉市に、“三連水車”という農業施設があります。「社会包摂で水車の話?」と思われるかもしれませんが、しばらくお付き合いください。

この三連水車が、様々な課題から、存続の危機にさらされています。農業施設でありながら、今では観光資源という意味合いが大きいのですが、その維持管理の費用は農家が負担しています。
農家に維持管理の負担が大きくのしかかっているため、コストの抑えられる電気ポンプ用水への変更が検討されているのです。

この課題を、仕組みのデザインや意見や考えを醸成させていくコンセンサスデザイン・プロセスデザイン・デザインシビックの観点から、問題構造を考えていきたいと思います。

水車という機能と技術と材料

さて、水車の歴史はかなり古く、日本では平安時代からあったと言われていますが、本格的な活用は江戸時代、白米を食べる習慣の広がりにより、精米や製粉のために使用され始めたそうです。また、田畑の農業用水のため発達しました。簡単に言うと川の水を田んぼに引くための設備です。
朝倉のこの地域は、昔から灌漑と洪水の対策を強いられていたところで、中村哲先生で有名になった山田堰とあわせて、この地域の堀川用水は重要な土木設備でありました。治水という地域の大きな課題において、農業目的で重要な役割を果たしてきました。

土地が高い地域へは、筑後川の水が山田堰から堀川用水へ取り込まれ、水車で汲み上げられて送られます。菱野三連水車は13.5ha、三島二連水車は10.5ha、久重二連水車は11haの農地をうるおしているそうです。このように日本最古級の水車として現存し稼働しています。堀川用水の水を山側の更に高い農地へほぼ自動で汲み上げなければならなかったため、水車が設置されたのです。1つの水車で、自動で水流で動きながら汲み上げられる高さには限界があります。そのため、二連、三連とつらなる必要があったのです。三連水車が順に高くなっているのはそのためですが、これは決して簡単な土木技術・機構技術ではなく、緻密な工学とそれを再現するための設計技術・木工技術・材料加工技術が必要なわけです。

さらにこれは、木製部分の摩耗のため、4〜5年に一度作り変えなければなりません。それは大変なことなのですが、これにより式年遷宮のように技術が伝承され、また、必要な木材の生育が行われているはずです。法律や条例で決められたものではない仕組みです。補修と伝聞どちらが先かという話でなく、それらを一体的にとらえる式年遷宮のような思想が必要です。江戸時代、日本の工(たくみ)というものづくりの概念には、補修メンテナンスという概念も含まれていました。

文化財保護法による史跡と補助金

これら「朝倉の揚水車群」は、1990年に「堀川用水」と共に国の史跡に指定されました。史跡とは  「文化財保護法」による「貝塚,古墳,都城跡,城跡,旧宅,その他の遺跡で,我が国にとって歴史上または学術上価値の高いもの」のうち重要なもの、となっており、それを規定する「文化財保護法」は文化財の保存・活用と、国民の文化的向上を目的としています。

史跡に指定されると、文化財保護法に基づき、「管理や届出、公開、調査、報告、復旧、環境保全の義務など」が課されます。修理などでも、文化庁長官の監督などを受けないといけない場合もあります。国の補助金交付を受けることもできるようになります。このように、さまざまな負荷があるのですが、国も地域も調査と保護に向けて努力しているのです。

史跡の保存のために“史跡等保存活用計画等策定費国庫補助”というものがありますが、目的は、「史跡等保存活用計画策定事業」と「歴史の道総合計画策定事業」となっています。

ここで、更に考えておきます。補助金とは何でしょうか?

補助金は、国や自治体の政策に合わせて、事業者の取り組みを支援するためにその資金の一部を給付するものです。ただし、補助と言う主旨がありますので全額補助というものはあまりなく、事業費の二分の一や三分の一の補助額というものが多いように思います。補助金は融資ではありませんので、返還する必要はもちろんありません。
補助金は「事前の審査」と「事後の検査」によって決まります。文化財保護法の第十章には、「文化財の保存技術の保護」というものがあります。「技術者の高齢化が著しく後継者難のため今後の文化財保護に大きな支障を来すおそれのあった、保存・修理等のための伝統的な技術・技能について、保護が行われることとなった。」とされています。

景観にしろ施設にしろ設備にしろ、長く価値を後世に伝えていくためには当然、技術とコストが必要になるのですから、文化財保護認定にはハードとソフトを一体化した仕組みの活用が今後特に重要になってくると思われます。

価値化される「朝倉の三連水車」

国史跡指定だけでなく、
1987年 「手づくり郷土賞水辺の風物詩部門」受賞
2006年「堀川用水」農林水産省疏水百選
2014年「山田堰、堀川用水、水車群」かんがい施設遺産
2017年「郷土の宝・財産「山田堰・堀川用水・水車群」を地域で守ろう」国土交通省の手づくり郷土賞大賞
など、
農業・土木・景観・地域活動など、さまざまな文脈から評価されています。評価やセレクションを行うことで文化価値が付き、それに対応させるカタチでの観光価値文脈の形成を目指す仕組みづくりは、今では当たり前のものとなりました。多少乱立気味にも思えますが、ちなみにこういった賞・百選・遺産は明らかに「世界遺産」の影響があることは間違いないでしょう。1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づいて世界遺産が選ばれています。日本では1993年、法隆寺地域の仏教建造物・姫路城・屋久島・白神山地が選ばれて以降、毎年登録に一喜一憂している様子は、風物詩とも言えます。

土地改良区

この三連水車は山田堰土地改良区というところが管理しています。土地改良区は、地域や場所を示しているようで分かりにくいのですが、土地改良法という法律によって定められた公法人で、税法上は公益法人等という扱いです。

土地改良法は、
「農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を適正かつ円滑に実施するために必要な事項を定めて、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、もつて農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資することを目的とする。」
もので、

土地改良区は、この法律に基づいて
「土地の使用者や小作人・養畜を行う者など使用収益者等が、その地域の同意をえて、都道府県知事に申請を行い、その認可を受けた」
ものです。

当然、役員・議決機関・組合員が存在します。議決機関は総代により構成され、総代の選挙については、市町村の選挙管理委員会の管理のもとに実施される、公益性が大変高い公法人なのです。公益性が高い法人ではありますが、農業者の発意により都道府県知事の認可によって設立される仕組みになっており、土地改良区の組合員はほとんどが農業者であろうかと思います。

土地改良区が行う土地改良事業は、「農業用用排水施設の新設・変更、農地の整備等工事を伴う事業や、土地改良事業によって造成された施設の維持管理」です。農業施設としてだけの一元的な価値だけでない景観や観光価値を持つ地域では《土地改良区定款》の所掌を広げたり、新たな管理体の仕組みづくり、そういったことが可能になる法律や条例の整備が重要かと思います。

季節・観光

朝倉の揚水車群、堀川用水は、もともとが農地・田んぼのためのものであり、水を取り入れるときは毎年6月17日に、水神社というところで堀川用水を開ける神事が行われ、水車が稼働し始めます。ですから、水車は年がら年じゅう動いているわけではないのです。その意味や価値を知らずに、水車の稼働していないシーズンに訪れて水車が動いていないことにクレームを付ける観光客の方もいらっしゃるそうです。

コロナ前はお盆期間に「三連水車ライトアップ」が行われていました。ライトアップは比較的実施しやすい観光化方策なので、あちこちで行われています。朝倉の三連水車のライトアップは朝倉市商工会というところが行っているようです。商工会は商工会法に基づき設立された特別認可法人で、「地域内商工業者の経営の改善に関する相談とその指導、地域内経済振興をはかるための諸活動及び社会一般の福祉の増進に資すること」が目的であり、農業目的の法人ではありません。
また地元の有志の方々による「堀川の環境を守る会」や「あさくら三連水車保存会」が様々な保全活動もされています。

三連水車周辺は、水環境整備事業等により農業施設としての機能維持はもとより、住民や見学者の憩いの場、都市住民とのふれあいの場として改修や環境整備が行われ、自然環境保全や「水車のまち朝倉」のイメージアップ等の役割を果たしています。

商標、肖像権

商標とは、特許庁によると「事業者が、自己(自社)の取り扱う商品・サービスを他人(他社)のものと区別するために使用するマーク(識別標識)です。(中略)このような、商品やサービスに付ける「マーク」や「ネーミング」を財産として守るのが「商標権」という知的財産権です。」となっています。

三連水車も商標登録されています。
「朝倉三連水車」という名称で、とある朝倉市内の合資会社が役務区分33(ビールを除くアルコール飲料)で登録。また「三連水車」で朝倉市内の某協同組合が役務区分30(米,脱穀済みのえん麦,脱穀済みの大麦,食用粉類,食用グルテン)が、同じくまた「三連水車」で朝倉市内の某株式会社が役務区分30(コーヒー及びココア,茶,みそ,ウースターソース,ケチャップソース,しょうゆ,—中略ー,菓子及びパン,アイスクリームのもと,シャーベットのもと,氷)で登録されています。
すでに商標登録されており使えないというような報道もありましたが、必ずしもそのようなことはないように思います。例えば役務区分40(教育、訓練、娯楽、スポーツ及び文化活動)で改良区などが登録すれば、既登録と相乗効果も生まれると思います。また、商標登録しなくとも、今登録されている範囲は焼酎や米もしくは米加工品や調味料ですから、そういった商品での使用でなければ問題ないのではないでしょうか。丁寧な調査や交渉・設計を重ねて、事実や法律に基づいたやり取りをしていくことが重要かと思います。

また三連水車の写真の管理もされていないとのことですが、法的には
「建築物(の外側)を無断で写真撮影したり、インターネットやテレビで放送しても著作権侵害にはあたりません。建築物の写真を撮影することが著作権侵害にならない以上、その写真を利用して商品を開発することも著作権侵害になりません。」
となっています。ですので、三連水車の写真の肖像件のようなものを主張することは難しいかと思いますが、逆に三連水車の写真コンテストや無料写真素材サイトにどんどん美しい写真を投稿していくなどの展開方法もあろうかと思います。

行政を正しく理解する

これまで慣習、過去の経緯ふくめ様々な法律などから三連水車を見てきました。このような状況は、農業行政・産業(観光)行政・文化行政の連携が良くないなどとシンプルに指摘されることがあります。

具体的にどこがどうやっているのかを見ていきます。令和4年度朝倉市の組織機構図・全体図からの推定になりますが、おそらく、農業行政は、農林商工部の農林土木係、観光行政は同じく農林商工部の観光振興係、文化行政は教育委員会の文化・渉外学習課文化財係が担当していると思われます。総務部の総合政策課あたりが調整統括する可能性もありますが直接的な復興支援を管理していると思われます。農業委員会が一部関連している可能性もありますが、農業委員会は「農地法に基づく売買・貸借の許可、農地転用案件への意見具申、遊休農地の調査・指導などを中心に農地に関する事務を執行」するところですので直接の関わりは少ないと思います。教育委員会は関連はしていますが、今現在どのくらい関わっているかはわかりません。おそらく農林商工部が中心に動いていることと思われます。朝倉市の農林商工部は復興支援においても復興支援室との連携をしっかり取っており、柔軟な解決策を見出してくれると期待できます。

文化行政は教育委員会が担っています。委員会は地方自体における行政の中でも、首長からの独立性を高める必要がある事柄に設置されていると言われています。教育や選挙・監査などが委員会になっているのはそのためです。教育に関わるところで、文化財や文化振興も教育委員会に設置されているのは分かりますが、今後、文化は教育だけでなく産業や観光とも関わってくるところなので、新たな文化行政の方法を検討していく余地はあろうかと思います。

こうした複数の部署にまたがる行政案件が出てきた場合、私達は短絡的に「縦割りの弊害」と言ってしまいます。私達はまず、行政がどのような考え方に基づく仕組み・組織なのかを、もっと理解しないといけません。

行政の事務処理手続きの多くは稟議制で、日本独自のものと言われています。稟議制の意思決定方式は、稟議書型(順次回覧決済型、持ち回り決済型)、非稟議書型(文書型、口頭型)などに分けられ、案件ごとに自然に分けられています。ボトムアップ型ですので動機づけやモラル向上、意思疎通に適していると言われています。ただ時間がかかったり、責任の所在が分かりにくかったりします。

組織の組み方も独任制と合議制が組み合わせられています。また、そのなかでの細かい役割もあります。職務上の上位者と下位者の役割は、ライン(指示命令を受ける)とスタッフ(参謀的・補助的)に分かれますが、日本は稟議制を採用してきているためその差がわかりにくいとも言われています。また日本の行政組織は大部屋主義と言われ、課や係単位での細かい所掌事務は定められていないのです。概括列挙的になり、連帯して責任を負うためそのように言われています。目的・対象に応じた縦組織と、方法や手段に対応する横組織、このような柔軟な構築方法が重要でありながら難しいということを、朝倉の三連水車は問題提起してくれました。解決不可能な問題ではなく、やり取りやコミュニケーションを固定化しない枠組みができれば、よりよい解決方法が見出せそうです。

社会包摂デザイン・イニシアティブでは、この事例を分析しながら次の案件へも適用可能な方法を考えていきます。

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