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DIDI.Newsletter(2022年6月公開)

2022.6.22

vol. 2 で紹介したプロジェクト〈「半農半アート」を基盤とした地域づくりの仕組み〉。今号では、2年目を迎えるにあたって、担当の朝廣和夫先生にお話をうかがいました。 


Project:「半農半アート」を基盤とした地域づくりの仕組み【ソーシャルアートラボ】 

昨年度立ち上げた本プロジェクトは、「半農半アート」のライフスタイルを基盤とした包摂型地域の構築を研究の目的にしています。「半農半アート」とは、農とアートの関わりから、包摂型地域づくりや農業ボランティアの新しい仕組みのことです。そのような研究領域の専門家や地域の方々とのネットワークを広げることを目標に、2021年度は研究会を3回実施しました。また1年間のとりまとめとして2月にフォーラムを行いました。さらに、芸術工学部学生向けに「創造農村デザイン演習」および「創造農村デザイン応用演習」を開講しました。1年を通して見えてきたもの、そしてこれからの展望は……。 

アートの介在による、化学反応 

朝廣先生は、緑地保全学を専門にされています。社会包摂デザイン・イニシアティブの活動としては、特に「里山保全ボランティア」についての研究に力を入れています。ここ最近は、『生態系サービス』に着目し、研究を進めていると話します。『生態系サービス』とは、“私たちを支える生物多様性を基盤とする生態系から得られる恵み”のことであり、「供給サービス」「調整サービス」「文化的サービス」、そしてその3つを支える「基盤サービス」に分けて考えるそうです。 
「近代化を経て、高度成長期に形づくられた今の都市づくりや農山村づくりというものは、大量生産・大量消費に合わせて進んできました。たとえば『山はスギやヒノキを植林し人工林とする』というように形づくられています。ところが、近年の相次ぐ大規模自然災害により、その課題と対応が論じられるようになりました。豪雨災害における土砂流出の要因は「想定以上の豪雨」にありますが、その一方、人工林の管理不足も指摘されています。私たちが長年関わっている福岡県朝倉市地域も、その一つの例です。2017年7月の九州北部豪雨災害によって、特に被害の激しかった平榎集落では、37世帯のうち18世帯が村からの他出を余儀なくされました。農地においても耕作ができない土地が約4割も増えました」と朝廣先生。 
「このように農作物の生産という供給サービスが減ってしまった土地に対して、『地域の人が集まる文化的な場所として使おう』(文化的サービス)や、『今後、大雨が降っても洪水や土砂崩れが起きないよう調整していこう』(調整サービス)という発想の転換が、地域の存続のために重要だと考えています」との見解を示します。

「地球温暖化に伴いこの生態系サービスあるいは環境価値を、供給サービスを減らしてでもいかにマックスにもっていくかということが世界的な景観保全、環境保全の使命になっています」。世界では、災害対策による動き以外でも、国立公園、文化的景観、史跡のように保護される区域などに対して、法体系に基づいた利用制限なども敷かれています。一方で、このように文化的景観を守ったり土地利用制限がかけられることによって、供給サービスの質が低くなり、その土地に住み続ける人たちが減少していくという側面もあります。 
「地域のお祭りやアート活動、あるいは都会の人が『通い農』で来る、または二拠点居住を行うなど、地域での新たなビジネスや文化的サービスによる供給や開発をしていかなければ、到底そこに住み続けることはできません。それをどうするべきか考える一環として、昨年度は『半農半アート』に取り組みました。農業だけではなくアートが介在することにより、都会の人と田舎の人がつながる場が生まれ、そこからさらに様々な人の出会いが喚起されます。今まで村の人が見向きもしなかったような景観やモノの価値にスポットライトが当たり、そこからさらに新しい価値が生まれてくる。そういった化学反応を促していくのが、アートやデザインの役割だと思います」。 

朝廣先生

「アート的農家」「農的アーティスト」に基づくモデル化 

昨年度に行った研究会の中で、武田力さんの手がけた作品《八女茶山おどり》が話題になりました。これは、武田さんが中心となり、福岡県八女市の地域住民に昔の暮らしや農作業の思い出を聞き、古くから唄われていた民謡『八女茶山唄』にあわせた踊りを新たに創作したものです。その作品について、「地元の芸能を継承するような作品であり、果たしてこれは『武田さんの作品』と言えるのか」という意見が出ました。そのときにイシワタマリさんが「『私の作品』って言ったとたんに関係が壊れちゃう。武田さんはアートの活動を通じて、地元の芸能を次世代に受け渡していく。それこそがアートなんです」と言われました。 

「そういうところが、『アートの機能』として今後大きく期待すること」と朝廣先生は考えます。「『アートの機能』と言ってしまうと、表現を主体にしているアーティストには申し訳ないのですが、ただ、表現が社会的に役割をもっていることを明らかにできたことは、とても重要なことだと思います」。 

ソーシャルアートラボの2020年度「奥八女芸農プロジェクト」での様子。武田力さんが地元の人とともに作った《八女茶山おどり》 

一方で研究会では、「農家さんはアートに期待していない」「アート自体が理解されていない」という意見や、それをふまえ「『半農半アート』という言葉を使い続けるのは難しいかもしれない」という声もあがりました。そして、ディスカッションを重ねるうちに出てきたのが「アート的農家」「農的アーティスト」でした。 
「農業では専業農家、兼業農家、自給的農家と分類されますが、森千鶴子さん(社会包摂デザイン・イニシアティブ学術研究員)が宮崎県の五ヶ瀬町の例をあげて『アート的農家』と言っています。五ヶ瀬町ではアート的な人材を受け入れて、パッケージデザインやお茶のブランディングというように、アーティストと一緒に商品開発を行うことで農業生産販売の仕組みを構築しています。今は、そういうアート的農家の活躍というものが、おそらく全国的に出てきている時代ではないでしょうか。そして、そういう場所に居住して、自分の制作活動もやりながら農業生産にも携わる人もいて、それが『農的アーティスト』なんだろうという考えです」。 

本プロジェクトや森さんのインタビュー活動から見えてきた、この「アート的農家」「農的アーティスト」の考えに基づいて、「これらがさらに具体的にどう分類できるのか、どういう経緯でこのような活動がなされているのかを考える必要があります。さらに地域の組織形成や仕組みを掘り起こしながら、モデル化を図り、その広がりや多様性を確認していく作業が必要だと、プロジェクトメンバーの中で話し合っているところです」と朝廣先生。そして、こうした農とアートの関わりを基盤とした地域づくりで重要なのが、「理念に共感でき、地域の資源に着目してそれを表現につなげる、そういう考えをもったアーティストをまず探し選び出すこと」だと話します。「また地元の人で、この理念に共感できる人を1人でもいいので探すことも大切です。残念ながら、実際はほとんどの人から共感を得られないのですが、でも、やっぱり共感できる人を見つけて事業を進めていくというのがポイントになります」。 

本学とプロジェクトの連携授業について 

昨年度は、「創造農村デザイン」をテーマに本学内で授業も行い、ソーシャルアートラボにおける本プロジェクトの取り組みの紹介と、実際に現地に行って棚田の草取りや《八女茶山おどり》の実演など、受講生に現場体験を通して学んでもらいました。また、朝廣先生は2年生を緑地環境実習で引率し、里山保全をテーマに、木の枝打ちや竹の伐採などを行ったほか、安全管理やリスクアセスメントなどのリーダーシップ、コミュニケーション・ツール・トークなどのプログラムを実施。グループリーダーとしての現場のマネジメントについて話した後、実作業に入り、チームで安全に楽しく汗を流しながらどう目的を達成していくのか、というボランティアツーリズムの基礎を体験してもらいました。

現地実習で、八女市黒木町笠原にて棚田の草取り作業を行う受講生 

今年度、教育においても、朝廣先生は「農学研究院とも連携した授業ができないか」と考えています。「農空間においてデザイン教育を農学部の学生に受けてもらう、もしくはデザイン教育の中において農空間を用いて、DXを用いながら人材育成をしていく。そういうところも今後、開発していきたい」と話します。また、「ドローンや360度カメラを用いて撮影した映像をもとにバーチャル空間を構築し、学生にオンライン上のバーチャル空間で、たとえば松林の中、広葉樹林の中、あるいは北国のどこかを歩いてもらうような授業の進め方も考えられます。アートは非常にデジタルと親和性があるので、農空間をデジタル作品として表現するなど教材化していくことで、よりクリエイティブなアートをどう考えていくかだとか、何ができるかというところにつなげていきたいと思っています」と語ってくれました。


その他、ソーシャルアートラボが八女で行った活動を中心にまとめた既往研究の論文執筆(著者:朝廣和夫、佐々木奏、長津結一郎、森千鶴子)や、災害時の農業ボランティア研究も並行して進められています。「今後は、森さんがリサーチで渡り歩いている場所も含め、もっともっと全国的に俯瞰していく作業が不可欠であり、その先に、いろんな可能性が開けると僕は思っています」と、本プロジェクトへの期待を膨らませていました。 

本プロジェクトをはじめ、緑地保全学や里山保全に関心を持ち、学びや知識を深めたいと思っている方へ、朝廣先生からのおすすめ本

『アートマネジメントと社会包摂 アートの現場を社会にひらく(SAL BOOK②)』企画・構成 村谷つかさ・長津結一郎(水曜社) 
「本書は、災害復興支援、福祉、地域づくりなどの領域でそれぞれの専門性をもつ人々が集まり、芸術のもつ方法論や技術を用いて実践に臨んだ数々の現場から放たれる表現…言葉、肉体、熱…磁場が生み出す一体化した世界をすくい取り、実感を伴った言葉で、社会包摂とアートのつながりを捉え直そうと試みた。」(ソーシャルアートラボウェブサイトより)
「大学での理論に関する学びというものは、基盤として重要です。しかし、一方で実践をどう考え、どう動かし、そこから何を学ぶかということは、デザイン教育においては要です。つまり、理論と実践は両輪であり、実践をすればそれが動き出す。そこにデザインの力、“パワー”があります。この本の中には、そのデザインの“パワー”が詰まっています。」(朝廣先生) 

『日本の植生』宮脇昭 編(学習研究社) 
「日本の植生を常緑広葉樹林帯、夏緑広葉樹林帯、亜高山帯、高山帯の4つに分け、さらに日本を取りまく植生として熱帯、極地、海中を、それぞれの分野の第一人者がくわしく解説した。1977年の発行であるが、今も内容の変更を要さない斯界の名著である。」(学研出版ウェブサイトより)
「九州であればシイやカシ、東北であればブナというように、植物社会学の体系を作られたのは生態学者の故・宮脇先生です。その宮脇先生が環境省と一緒に全国の植生を調査して作られたものが、今の日本の植生理解や、森林保全の基礎となっています。たとえば福岡タワーなどは、屋上は砂漠みたいな暑さであり、足元は山からの吹きおろしのように風が強いというように、同一の建物であっても環境が異なります。このような地面近くの気層の気候を「微気候」といいます。都市の周りで建築をデザインするときに、その微気候において選択する植物が違ってくる。つまり、外構に基づいて植物選択をする必要があるわけです。しかし、こういう教育が日本の建築やデザイン分野では全然なされていません。家を建てるときの庭の植物をどうするか、自分たちの地域の森や鎮守の森がその気候帯においてどうなっているのか、地域の緑を考えるうえで自然の理解に使ってもらいたい本です。」(朝廣先生) 

『干潟は生きている』栗原康(岩波新書)
「干潟にはゴカイやカニが生息し,それを求めてシギやチドリなどの渡り鳥がやってくる.著者は,仙台市に近い蒲生干潟の綿密な調査を行ない,動植物・微生物の食物連鎖をめぐって水と土と生物が織りなすドラマを描き出した。そして都市化・工業化の波を受け死滅しつつある生態系を守ろうと,ユニークな人工干潟の構想を提起する。」岩波新書ウェブサイトより)
「僕がこの世界に入るきっかけとなった本の一冊です。野鳥の会に所属するイギリス人の方が、あるとき『世界的に重要な和白干潟がなくなってしまう!』って、うちの大学に飛び込んできたんです。それで、なぜ干潟が大事なんだろうと思い、諫早に行って干潟を掘ってみると新種が出てきたりして、『これは大事だな』と僕も思って。改めて干潟の掘り方を学び、今津干潟をテーマに修士論文を書きました。 
干潟は上流の町とともにあります。デザインの立場からすると、干潟を含む地域全体の開発をどうデザインするのかを考えねばなりません。諫早干潟が閉め切られたのは、結局、地元の人が干潟のものを食べなくなり、人との関係が切れたことにあります。このことは、里山などすべてにつながります。人との関わりがなくなった時点で、それは安易に開発されて失われてしまう……つまり、人との関係をいかに継続させるかということが、決定的に大事なんです。僕がDIDIに携わるのはその関係づくりのためです。自然との関係を失った人々を社会的に包摂する、ということです。 
この本では特にコミュニティの話は書かれてはいませんが、干潟とは何かということがよくわかります。干潟の機能というのは、月の引力で1日2回満ち引きして酸素を供給することで、アマゾンよりも多様性のある生物を育むことにあります。干潟は、海から上がってきた生き物たちのゆりかごとも言われているんです。それだけ重要な場所が、一番先に人工的な開発の対象となり失われてきました。諫早は今も閉め切っていることで酸素の供給がなく、時々、開門して無酸素で富栄養化した水が海に排出されて、タイラギの生息する環境が大きな影響を受けている。それってデザインとしてアウトでしょう。この本の『干潟は生きている』というメッセージは、私たちのデザイン活動の中で、生態系を生かしたデザインをやらなければいけないという基本につながります。」(朝廣先生) 


朝廣 和夫(あさひろ かずお)
九州大学大学院芸術工学研究院 環境設計部門准教授、博士(緑地保全学)
【学部担当】芸術工学部 環境設計学科 環境設計学


都市近郊および農山村地域における自然環境の保全・復元に関する研究を行う。主な研究テーマは、里地・里山の保全、二次林の生態的研究、災害時の共助による農地復興に関する研究、ボランティアツーリズムに関する研究、バングラデシュにおける緑地保全に関する研究など。

▶︎2022年度DIDI年次報告書①第4回研究会「災害と農業・農村」
▶︎2022年度DIDI年次報告書②「ワークショップ」
▶︎2022年度DIDI年次報告書③「半農半アート」
▶︎2021年度DIDI年次報告書・朝廣先生の活動報告はコチラ◀︎


(DIDI News Letterは、社会包摂デザイン・イニシアティブ(DIDI)内の研究活動を発信するニュースレターです。DIDIを構成するソーシャルアートラボ、シビックデザインラボ、デザインシンクタンクが取り組む各プロジェクトの研究や活動を、インタビュー/レポート記事にて届けていきます。) 

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