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DIDI.Newsletter(2022年8月公開)

2022.8.25

今号はシビックデザインラボより〈福祉人間工学の手法を用いた運動障害サポートの仕組み〉を紹介します。担当教員の村木里志先生にお話をうかがいました。

Project:福祉人間工学の手法を用いた運動障害サポートの仕組み【シビックデザインラボ】

本プロジェクトでは昨年度に引き続き、今年度も九州大学公開講座「アクティブライフのための運動教室」を行っています。運動に不自由を感じる人たちがアクティブに生活するにはどのような視点でアプローチや仕掛けをしたらいいか、あるいはどのような生活環境であるべきか、身体運動を通して、心身の健康の向上に取り組んでいます。本講座は2018年度から続けている地域の高齢者を対象にした大学の有料講座で、春・夏期(4〜7月)と秋・冬期(10〜1月)に分けて、月に2回程度のペースで実施しています。受講者は現在20名で、主に70〜80歳代。その約半数が2018年度から継続している参加者で、長期的な活動によってどのような効果が得られるかの研究も行っています。

■高齢者が抱えている課題を研究し、公開講座を開設

−まずは、村木先生がどのような分野を専門に研究しているか教えてください。

大きく分けると2つの研究テーマがあります。一つは、高齢や身体障害に限らず、怪我や病気、疲労、妊娠や子育てなどによっても生ずる運動の不自由さを軽減する、解決するための、生活環境からのアプローチですね。もう一つが、特に高齢者や身体障害者にアクティブに生活をしてもらうためにはどのようなアプローチをしたらいいか、どう仕掛けたらいいかの研究です。「アクティブライフのための運動教室」は、その後者です。

−本講座を開くようになった背景は?

もともとは車椅子生活者を対象にした研究をずっとやっていたのですが、本学に来てから高齢者を対象にシフトしました。生活において高齢者のアクティブさが低減する原因として足腰の筋力が弱まる点が大きいのですが、客観的かつ手軽に足腰の筋力を評価できる手段がありませんでした。また、高齢者に運動を教える指導者も、トレーニング効果が実際にどれだけあるのか知りたいけど知る手段がないということで、指導法の良し悪しをデータで自己評価することができない状況でした。そこで、地域の人々を対象に足腰の筋力を、それも短時間で測れる方法がないだろうか、というのがスタートでした。それで、超音波画像診断装置を使って筋肉の厚みや面積を測定する方法を確立したのです。

−なるほど。そのように足腰の筋力を測定する尺度ができたことによって、その後の研究はどう進みましたか?

測定した結果を高齢者本人にフィードバックするということを、2005年から2015年ぐらいまで福岡県、熊本県を中心に、2000〜3000人に実施したかと思います。測定結果は個別で説明するんですが、結果が良い人にはふだん何をやっているかを聞いたり、反対に結果が良くない人には一緒に生活を見直したりして、生活習慣の改善などをアドバイスしていきました。それらの実際の事例の知見をもとに、高齢者が抱えている課題というか実情も研究テーマに取り入れたりしました。

そうした研究や実践をやっていくうちに「運動指導をしてください」「地域の高齢者に健康づくりの場を提供してください」とよく言われるようになり、昔、健康運動実践指導者という資格を持って指導をしていたので、じゃあやってみようと。はじめは単発で講座を開いていたのですが、そのうち、長期的に追跡したいという気持ちが湧いてきました。それで2018年から大学の公開講座を活用し、いまも継続してやっています。

村木先生

■運動指導で身体機能の向上、コミュニケーションで心を元気に

−講座ではどのようなことをやっているのですか。

珍しいことはしていません。最初の10分は学生が講義をします。テーマはなんでもよくて、受講者が興味を持つようなことや役立つようなことを話しなさいと指導しています。たとえば、音楽の話や健康に関する話、あるいはスマホで写真を撮るときのコツとか。留学生は母国の紹介をしたりしていて、評判がいいですね。

残りの50分は、外部講師に運動を指導してもらい、そこに学生も入って一緒に運動をしていく感じです。加えていくつかの取り組みをしていて、その一つが宿題です。1カ月に2回のペースでやっている講座なので、次の講座までに何歩あるきましょうとか、筋トレをしましょうとか、そういうことを宿題にしています。宿題ノートを作って、やったことを書いてきてもらうんですが、そこにちょっとした、たとえばここに行ったとか、ここが痛いとか、そういうことも書いてきてもらっているんですよね。それをきっかけにして、会話を広げていくということもしています。

運動指導の様子

−何人ぐらいの学生が参加しているんでしょうか。

年度によって違いますが、基本的には余裕がある修士の1年生に参加してもらっています。通常は3〜4人ですが、今は6人参加しています。講義だけでなく、事前準備から当日準備、講座の進行、期ごとのカリキュラムづくりとノートづくり、また宿題も学生がチェックしていきます。担任制にしていて1人の学生が数名の受講者の宿題をみていくんです。宿題のノートにコメントを残すようにもしていて、そうすると受講者からコメントが返ってきたりします。そういうことをやっています。

学生によるミニ講座

−身体機能の向上に限らず、コミュニケーションをとることで受講者は心も元気になるのではないでしょうか。

そこは大きいですね。皆さんの参加動機が、「ほかの受講者や講師、学生に会うことで元気になれるから」というのが多く、やっぱり精神面の部分がかなり大きいと感じます。講座と講座の間の2週間、健康を保って必ず参加するというような感じです。ですから出席率も良くて、だいたい9割以上の出席率です。この手の教室ってふつう出席率がそこまで高くないんですけど、20人ほどの講座でだいたい休む人は1人か2人くらいで、それがずっと維持されています。さらに特徴的なことは、皆さん来るのが早いということです。30分前には半分以上が集まっています。

■運動指導で身体機能の向上、コミュニケーションで心を元気に

−社会包摂の観点ではどのように感じられていますか。

僕としては地域の人たちにキャンパスに来て欲しいんですよね。別に高齢者に限らず、子どもたちとか全ての人に対して地域に開かれた大学でありたいと思っています。この講座に学生も運営などで関わってもらっているのですが、受講者が「学生と触れ合うのが楽しい」とか「気持ちが若返る」とかよくおっしゃるんです。一方で学生にとっては、地域での活動や研究の実践という視点から勉強にも刺激にもなり、ウィンウィンの関係になると感じています。学内に地域の人に入ってもらい学生と触れ合うことによって、それぞれで嬉しいことがあればいいなと。そういう意味では、社会包摂的であるかもしれませんね。

講座の様子。中央が村木先生

−この講座を通して、仕組みづくりなど工夫してきたことはありますか。

たとえばコロナ禍で行動制限がでたときに、対面で講座ができなくなってどうしたらいいか、あるいは家でずっと生活することで高齢者の体力が低下していくということが問題になったわけですが、それらを解消するにはどのように取り組んだらいいかということをアクティブライフの視点からやっていました。Zoomを用いることも試してみて、皆さん高齢者だからどうやったら使えるようになるかとか考えましたね。

−今後の予定や計画を教えてください。

実は、このような教室はけっこう全国いろんなところで行われているんです。コロナ禍で今は少なくなっているんですが、その前からいろんな地域で活発にされているんですね。ただ、どうやって楽しく運動を指導したらいいかというノウハウは皆さん割と持っているんですが、参加者の方たちの身体機能が本当に向上したのか、まで評価できているところはそれほどありません。それをこの講座で、研究としてやっています。将来的には、この評価におけるノウハウを公開して、いろんなところで試してもらいたいという気持ちがあります。

−どんな効果があってどう進めていくかなどノウハウが公開されると、指導する側にとっても、非常に参考になりますよね。

それを期待しています。実際、そのような教室を継続するかどうかを誰が決めるかというと、教室の運動の指導者ではなく、施設の長など指導者でない人たちが決めるわけですよね。その際、教室でやったことが本当に良かったということを客観的なデータに基づいて説明できれば、また違ってくるわけです。そこを今、ほかの大学の先生と共同で研究をやっていて、来年度には指針が定められるよう目指しています。


今年度の「アクティブライフのための運動教室」春・夏期は7月28日に閉講式を迎えました。これまで各期1クラスでの開講でしたが、次の秋・冬期から2クラスに増やす計画もあるそうです。「4月は桜が咲くので、皆さんお花見をしながらお弁当を食べたりされるんですよ」と目を細めながら話す村木先生。秋からさらに受講者が増えるとキャンパスがより開かれていきそうですね、と伝えると、「もっとそうなっていけばいいなと本当に思います。お子さんとかも含めて、あらゆる世代に開かれたキャンパスに」と最後に語ってくれました。


●本プロジェクトをはじめ、福祉に関心を持ち、学びや知識を深めたいと思っている方へ、村木先生からのおすすめ本

『シルバー新報』(環境新聞社)毎週金曜日(月4回)発行

「介護を中心に医療、障害者福祉などの国、自治体の施策の動向、自立支援に向けた施設・在宅での現場の実践、認知症・リハビリ・介護予防などの研究動向、高齢者住宅、福祉用具などなど。介護にかかわる行政・団体、介護事業を行う営利法人、社会福祉法人、医療法人、NPOや、より良いサービスを目指したい管理者におススメします。」(『シルバー新報』サイトより)

「定期刊行物で、いつも読んでいます。けっこう多様性の話が載っています。前半の誌面は福祉系の話で福祉の法律や介護施設などの記事が多いんですが、後半になってくると子どもの障害とか視覚障害とか、あるいは多様性というキーワードがでてきたり、また海外の事例だったり、いろんな視点で書かれた記事が載っています。福祉用具に関する記事もあり、ここは僕の研究対象になるので、どんな製品があるか毎号チェックしています。」(村木先生)

『ウソだろ!? バリアフリー』小山和伸 著 実証研究 村木里志(晃洋書房)

「『バリアフリー』一本槍の最近の風潮に対して、実証研究に基いて異議を唱え、新たに『リスクフリー』『生涯現役思想』『未来型生活』といった生活環境を提案する。生き甲斐や幸福感を持って、元気溌溂と壮健な人生を!」(晃洋書房サイトより)

「バリアフリーを否定しているようなタイトルですが、否定をしているわけではなくて、バリアフリーを使うのがいいときもあればそうでないときもありますよ、一辺倒ではなく適切に使い分けていきましょうという内容です。僕は3章の実証研究を担当しました。

段差のない転びにくい安全な環境で生活をすると、反対に転びやすくなるかもしれない、逆に危なくなるということも考えましょうという問題提起をしています。高齢者の自宅の環境を調査してみると、急な階段があるような環境に住んでいる人は身体が鍛えられて、転倒していないということがあって。坂道や階段って重要で、エレベーター生活の人と階段を使う人は筋力が違うという研究データもあります。つまり、元気な人がバリアフリーの住宅に住むことは否定しませんが、しっかりほかで身体を鍛えましょう、その選択をするのは皆さんですよという話です。」(村木先生)

月刊誌『福祉介護テクノプラス』(日本工業出版)

「『福祉介護テクノプラス』は、福祉・介護に対しその在り方を真剣に考え、福祉用具・機器の機能性の向上や使い易さなどの工夫とその技術開発を願い、福祉用具・機器の情報・開発の専門誌として発刊しています。」(日本工業出版サイトより)

「専門誌ではありますが現場で活動する人が書いているので、福祉の実情や福祉用語のことを学ぼうとする人には参考になります。研究者が書くと現場に沿ってない面も出てくるんですが、編集長がそこを意識して現場で働く人に書いてもらい、またテーマもよく考えて設定しているなと感じますね。『編集長の独り言』のコーナーでは、社会に問題提起もしていて面白いです。テーマや特集内容が自分の興味にあえば、それを少し専門的に知りたいという人にはいい本だと思います。」(村木先生)


●男女共同参画推進委員会について

村木先生は、九州大学大学院芸術工学研究院(大橋キャンパス)の男女共同参画推進委員会の委員長も務めています。九州大学は2021年11月に指定国立大学法人になったことをきっかけの一つとして、「九州大学ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン推進宣言」(DE&I宣言)を2022年3月に発出しています。

−委員会ではどのような議論がなされているのでしょうか。

例えば、委員会の名称が「男女共同参画推進委員会」であるため、「男女という視点だけで取り組んでいいのか?」という議論がございます。多様性、ダイバーシティという視点から考えると、男女という視点だけでなく、九州大学のDE&I宣言にもあるようにいろいろな人たちのこともふまえて取り組むべきだと思いますので、検討を始めたいと考えています。本学全体としてはまだそこを変えるような様子がないので、私たち芸術工学研究院が先に進めていこうと思っています。

本学にはいろいろな部署があり、それらが縦割的になっているため、学生も職員も悩みごとや困りごとがあったときに、そもそもどこへ相談していいかよくわからないという現状もあります。それを解決するために部署どうしで連携をとる必要があること、また声を上げたいけどもなかなか声を上げられない人たちの声、誰にも相談できずにいる人たちの声をうまく拾って取り込んでいくことも大切と思います。

−委員長としての今の時点での展望を教えてください。

九大本部でも女性教員や職員が働きやすい環境づくり、保育などの子育て支援や、働きやすいように人手や研究費をつけるなどいろいろ実施されています。また学生たちが抱える問題について、たとえば障害をもつ学生に対する配慮等は整備されています。それに加えて大橋キャンパスにはDIDIもあるし、多様性を研究する教員も多いので、ダイバーシティという視点でこちらから何か道や、あるべき姿、芸工方式のようなモデルを示して、それを本学全体にも広げていく方向に持っていきたいなというところですね。今はそれぞれの部署でしか動いていない部分があるので、有機的に各部署を結びつけていき、従来見落としている点まで見つけ、対応していく形にしていければと思っています。この連携ができないと、おそらく前進できませんから。さらには学生も中心に入ってもらい、大橋キャンパスのダイバーシティの推進が図れればと思っています。


委員会では今後も活動を重ね、多様な人材が個々の能力を最大限に発揮できるキャンパスづくりを推進していきます。また、「DE&I宣言の内容に関わりがありそうな組織の担当者や当事者に声をかけ、教員と事務が定期的に集まって課題を設定し取り組んでいくための意見交換会を行ってはどうか」ということも検討されています。


<プロフィール>

村木 里志(むらき さとし)
九州大学大学院芸術工学研究院 人間生活デザイン部門 教授、博士(学術)
【大学院(学府)担当】芸術工学府 芸術工学専攻、人間生活デザインコース
【学部担当】芸術工学部 インダストリアルデザインコース

認定人間工学専門家、日本人間工学会理事(2018~2022年)、日本人間工学会誌副編集委員長(2018年〜)、日本生理人類学会誌編集委員長(2016〜2019年)。専門は福祉人間工学、身体運動科学。近年は動作アシストテクノロジーの人間工学的研究に取り組む。

▶︎2022年度DIDI年次報告書 授業「福祉人間工学」
▶︎2021年度DIDI年次報告書・村木先生の活動報告はコチラ◀︎

関連:
2020年2月19日開催 【第1回社会包摂デザイン研究会】 多様性を包摂する社会のためにデザインができること 〜芸術工学研究院 ×インクルージョン支援推進室〜
村木先生発表「福祉人間工学・アダプテッドスポーツからのアプローチ」


(DIDI News Letterは、社会包摂デザイン・イニシアティブ(DIDI)内の研究活動を発信するニュースレターです。DIDIを構成するソーシャルアートラボ、シビックデザインラボ、デザインシンクタンクが取り組む各プロジェクトの研究や活動を、インタビュー/レポート記事にて届けていきます。) 

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