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/ 2022.7.25

2022年度 第1回社会包摂デザイン研究会「公共」 報告

社会包摂デザイン・イニシアティブ(DIDI)では、「社会包摂デザイン」の方向性を様々な角度から検討するために、今年度から新たに「社会包摂デザイン研究会」を開始しました。第1回となる今回のテーマは「公共」。芸術工学研究院の高取千佳先生追坪知広先生栗山斉先生に加え、キャンパスライフ・健康支援センターの羽野暁先生にご講演頂き、学内外からの80名以上の参加者とともに、公共とは何か、そして、公共をどのようにデザインできるのかを考えました。

高取千佳先生「公共空間とデザイン」

高取先生は、日本における公園の歴史を事例に「公共空間とデザイン」の問題を投げかけました。江戸時代には日常的な交流のためのコモンの空間が自発的に生み出されたものの、明治以降には国家主導で公園の整備・拡充が進められてきました。それが、近年では維持管理ができず放置される公園が増加し、苦情対応のコスト削減のために利用目的が制限されるなど、「誰が何をするための空間なのか」が曖昧になってしまっているのだと、高取先生は言います。地域行政と民間企業の連携を通じて維持・管理を進める事例もあるものの、ホームレスなどの社会的弱者が排除されるなど、セーフティネットとしての機能との両立が課題になっているのだそうです。

迫坪知広先生「公共交通とデザイン」

迫坪先生は、デザイナーとしての自身の経験を踏まえて「公共交通とデザイン」、特に移動をめぐる公共性と私性の両立の問題を取り上げました。迫坪先生は、公共交通は誰でも利用可能であるという普遍性を理想とする移動手段の組み合わせの総体であり、そこにはマイカーなどの私的な移動手段も含まれるとの見方を示します。私的な手段に見られる利便性を維持しつつも、そうした手段にアクセスできない人々の移動需要を保証すること、言い換えれば、公共性と私性のバランスをどのように保つのかが重要だと迫坪先生は言います。

迫坪先生の発表「公共交通とデザイン」のスライドより抜粋

栗山斉先生「公共とアート」

栗山先生は、現代美術家としての立場から「公共とアート」について説明しました。公共性は芸術作品それ自体ではなく、作品を鑑賞する人々の価値判断から生まれることから、芸術作品の価値、作家性を破壊する局面もあると言います。ところが、シカゴのような地域の理解が得られる環境ではパブリック・アートが盛んに行われており、ドイツのバッドボール村の住人と協働しながら公共空間である教会に作品を設営した自身の経験を踏まえて、「作品を観る人々が作品を受け入れようとする気持ちになって、初めて構築される」点に芸術の公共性の特徴があると締め括りました。

栗山斉, 《∴ 0=1 -fluctuation》, 2016 ©︎Hitoshi Kuriyama

羽野暁先生「公共事業とデザイン」

羽野先生は「公共事業とデザイン」について、九州大学伊都キャンパスで展開しているバリアフリーの事例を紹介しながら公共事業の包摂について考えました。視覚障害者が安全に歩行できるように木で舗装された歩道、色覚のマイノリティを基点に配色したサイン、車椅子ユーザーが利用しやすいドライブスルー型の駐車場など、マイノリティの包摂がマジョリティの利便性に寄与する仕組みの重要性を示唆するものでした。また、学生に「心のバリアフリー」に触れて気づきを得てもらうために、障害者アーティストの作品を展示する試みも紹介して頂きました。

羽野先生の発表「公共事業とデザイン」のスライドより抜粋

クロストーク・質疑応答

その後に行われたクロストークと質疑応答では、迫坪先生の発表で挙げられた「公共性と私性のバランス」という課題について、高取先生がその場に参加できない人々の声をすくい上げる必要があると問題提起しました。これに対し、羽野先生からは「小さな土木」のデザインを例に、地域の文脈に寄り添い規模やニーズに応じて実装とブラッシュアップを繰り返すこと、栗山先生からは市民と一緒に何かを生み出すにあたり、市民からの理解を得られるようにコミュニケーションを取ることが不可欠だとの意見が出されました。公共は何かを生み出すプロセスや人間同士の関係に見出されるものだと言えるでしょう。

また、参加者からは、公園において排除されてきた人達とそれ以外の人達の共存について質問を頂きました。高取先生は新宿区の戸山公園における生活保護と住宅政策の連携などを例に挙げて、それぞれの立場を理解できる人が関係者として加わることが重要だと指摘します。これに対し、迫坪先生は、公共事業のデザイナーとして、汎用性の高いデザインを追求することと、地域に応じた特徴的なデザインを採用することとの間に葛藤があると語りました。迫坪先生の発言からは普遍性と多様性をどのように両立させるのかが「公共」をめぐる重要な問題であることが分かります。これに対し、羽野先生はアクセシビリティを追求していく結果として地域に応じて異なる答えが出るのではないかと、その双方の視点を少し切り分ける提案を行いました。

さらに、「心のバリアフリー」の取り組みについて、障害者のマイノリティ性をむしろ強調することになるのではないかとの質問に対して、羽野先生はその懸念があることを認めながらも、そうした存在すら知らない人達が知るための入り口となることを期待したいのだといいます。無関心に対してどのようにアプローチするのか、その上で障害者/健常者という境界線をどのように捉え直すのかという二重の課題が浮き彫りになったように思われます。

司会からは、「今日の研究会で、公共に対する様々なアプローチが見いだせた。また、ただ複数のアプローチがあるだけでなく、その同意性や反駁性なども見られた。公共は社会包摂における主要な概念であり、また多層なデザイン対象であるからこそ、複数の視座からの複数の視点が有効であるのではないかと考える。」という趣旨で締めくくられました。

最後に実施したアンケートでは、41名の方々に「「公共」と聞いて頭に思い浮かべた単語」を回答してもらいました。この回答を少し眺めるだけでも、「公共交通機関」(4名)、「公園」(4名)のような一般的なイメージから、「(対立事象としての)個」(1名)、「つながり」(1名)、「人(人々)」(2名)、「堅苦しい」(1名)、「平等」(2名)など、「公共」には様々な意味やイメージがあることが分かります。今回は、多様なフィールドで活躍される先生方からお話を伺うことで、その重層性や問題を理解することができたと言えるのではないでしょうか。

なお、今年秋(10月予定)に開催を計画している第2回社会包摂デザイン研究会では「配慮」をテーマとした企画を行いますので、ご関心のある方は是非ご参加ください。


[主催]九州大学大学院芸術工学研究院 社会包摂デザイン・イニシアティブ

[登壇者]
高取 千佳 (芸術工学研究院 環境設計コース 准教授)
迫坪 知広 (芸術工学研究院 インダストリアルデザインコース 助教)  
栗山 斉 (芸術工学研究院 未来構想デザインコース 准教授)
羽野 暁 (キャンパスライフ・健康支援センター 特任准教授) 

[司会]
尾方 義人 (芸術工学研究院 未来共生デザインコース 教授)


開催方法:Zoomオンライン
時間:18:30〜20:00
参加費:無料

スタッフ:
UDトーク:内藤真星・田中綸(九州大学大学院学生)、上田天眞(九州大学学生)

情報

日時

2022年7月1日(金)18:30~20:00

形式

オンライン会議(Zoom)

登壇者

高取 千佳 芸術工学研究院環境設計コース 准教授

迫坪 知広 芸術工学研究院インダストリアルデザインコース 助教

栗山 斉 芸術工学研究院未来構想デザインコース 准教授

羽野 暁 キャンパスライフ・健康支援センター 特任准教授

主催

九州⼤学⼤学院芸術⼯学研究院社会包摂デザイン・イニシアティブ

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