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12 他に方法はないのかね。高齢者の免許返納について。

2022.12.20

免許返納

運転免許の全部または区分の一部を取消し申請できる制度があります。これは少し前の、1998年(平成10年)4月に施行されました。これは様々な運動能力の衰えた高齢者を想定してつくられた制度でした。しかし日本では運転免許証を身分証明書として提示する習慣が根強くあったため、自主返納する人は少なかったと言われています。そこで警視庁は、返納から5年以内は公的身分証明書として使用できる「運転経歴証明書」(ゼロ免許証)の発行を、2002年(平成14年)から始めています。
また、返納を促すことを目的として、上記の運転経歴証明書を提示することによって(つまり運転免許を自主返納した人に対して)、公共交通機関割引やその他のサービスを受けられるよう条例を整備した自治体もあります。
2019年に痛ましい東池袋自動車暴走死傷事故の発生により、危険性が改めて認識され、高齢者の運転免許自主返納が大幅に増加しました。

高齢者講習

高齢者に安全に安心して運転してもらうため、また運動機能や認知機能低下による事故防止の観点からも、免許証更新時の年齢が満70歳以上の人は高齢者講習が必須です。さらに免許更新期間の満了日の年齢が75歳以上であれば、高齢者講習を受講する前に認知機能検査を受けなければいけません。
ただし、免許の返納率は以下のようになっています。

都道府県「免許自主返納率」(高齢者講習受講者数(75歳以上)に対する取消申請数(75歳以上)の割合)

  • 1位 東京都 29.7%
  • 2位 神奈川県 22.9%
  • 3位 大阪府 21.4%
  • 4位 埼玉県 20.4%
  • 5位 北海道 20.2%
  • 6位 京都府 19.2%
  • 7位 鳥取県 17.9%
  • 8位 静岡県 17.6%
  • 9位 奈良県 17.5%
  • 10位 香川県 17.2%

反対に、割合が最も少なかったのが「和歌山県」で11.6%。「山梨県」「高知県」「茨城県」「熊本県」と続きます。(警察庁『令和2年版運転免許統計』より)

公共の交通機関が少ない地方では、移動手段の確保は重要な課題の一つとなっています。一方、高齢化率も都市圏に比べ高く、高齢者の自動車による外出頻度が高いことも推定されます。

高齢者の交通事故件数は平成以降の約20年間で5.5倍に増えています。しかし、高齢者以外の交通事故件数はあまり変わっていません。高齢者の運転免許保有人口は平成以降の約20年間で4.4倍増加していますが、それと比べてみても多いことがわかります。

高齢者講習への不安

高齢者講習の対象となった75歳以上の方々の不安、特に講習を受講することへの不安と、免許返納を命じられることの不安は極めて大きいと言えるでしょう。高齢者が安全に運転できる期間を少しでも長くするために、高齢者講習自体のさらなる活用方法や改善方法を考えなければなりませんが、予備調査でもそうした不安は顕著に見られました。私自身、高齢者教習の課題を明確にするために、様々な自動車教習所でのヒアリングや高齢者教習の体験を行いましたが、不安が不安を呼んでしまう状態をフォローするための教習所側の負担も決して小さくはなく、見過ごせません。

教習所も大変

高齢者講習の法改正を受けて、高齢ドライバー用に階段の手すりを付けたり、転倒に備えて床をカーペットにしなければならないとか、高齢者講習の指導員の資格を得るための研修を受けたりなど、全て教習所の負担です。そうやって苦労して実施される高齢者講習の認知症検査は、公的な公共機関のなかでも唯一と言ってよいものであり、その検査結果はとても有効なデータであると思われます。しかし、現状では公安委員会のデータをすべて手に入れることは物理的にも法的にも困難であることがわかりました。

高齢者講習の活用

特に公共の交通機関が極めて少ない地方・地域では、自家用車の代替となる交通手段が乏しいという問題があり、まずは高齢者講習に関連する課題への対策の充実が重要です。そこで、以下の点を重視するように提案をしてきました。

  • 高齢者教習の課題を明確に。 
    高齢者教習は共通のマニュアルに基づいているものの、実際には教習所のある地域の特性に応じて柔軟に運営されています。具体的に調査、分析することでそれを把握しなければなりません。
  • 各高齢者教習時のアンケート分析を可能に。
    高齢者教習の際に、公安委員会指定のアンケートや教習所が自主的に行うアンケートが行われていますが、その集計や分析は行われていません。とても貴重な情報であり、その分析は極めて重要だと考えられます。
  • 認知症予防トレーニングの実態把握
    自動車運転と認知症予防トレーニングについては、各々の教習所で有効な知見が得られています。それを集め、共有するだけでも対策が充実します。

高齢者の運転による事故が大きな社会問題になっている中、紛れもなく高齢者の事故抑制は喫緊の課題です。しかし、その解決方法は免許返納を可能な限り促すという方向性だけでなく、認知症予防等を行うことで、安全に運転してもらう期間を可能な限り長くしていく方向性もあります。その双方からアプローチしていくことが重要です。

もう少し踏み込んで、以下のことを考えています。

  • 高齢者のための道路交通環境の情報の構造化
    フィールド調査を行い、道路環境の中の人間以外の情報を整理し、記号の表現形式によって分類する必要があると思います。例えば、路面の文字情報、記号、記号システムと標識システムなどの要素の構造化は、商品デザイン開発では極めて基本的、基礎的な方法です。すなわち、それらのシステムで複雑に交錯している要素を分解し、徹底的に抽出した上で、抽出したすべての要素が合理的になるように統合する方法を考える必要があります。
大庭建三(編著)『すぐに使える高齢者総合診療ノート』第2版、日本医事新報社(2017年)

例えば、道路標識の記号としての認識のしづらさや、管轄が異なることによる情報の錯綜などは、高齢による認知機能の衰えとは関係なしに、分かりにくく危険です。そのため、高齢者に限らず、人々が道路交通環境でどのようなコミュニケーションをしているのか、あるいは、管轄の異なる様々な情報がどう標示されているのかを、構造的に把握することは有意義だと思います。

具体的には、人、自転車、二輪車、普通自動車、軽自動車、バスなどの行為を観察して、基本的な行動に関連する統計と分類を行う必要があります。道路交通環境でのコミュニケーションを抽出し、例えば、車両、二輪車、歩行者信号を媒介する振る舞いと信号を観察し、交通事故の要因と結び付けて考えることで、事故誘発に関わるコミュニケーション行為を特定することも重要です。コミュニケーションの構造化を行い、デザイン学として有効なコミュニケーションモデルを作ることが、様々なモデル形成へのアプローチとなり、量的な解釈へつながると思います。

高齢者の免許返納を単に促すのではなく、できるだけ長い期間安全に運転できる方法を考えることが重要だと述べましたが、「運転人口 = 経済人口」を地域に合ったものにしていくことも有効です。高齢者の安全な運転を促す仕組みを作ることは、新たな免許取得者が減少する中、運転人口減少の抑制にもなりますし、地元経済への影響はもとより、地元コミュニティの新たな形成にも繋がります。また、認知症予防活動を行えば、高齢者が加害者になってしまう可能性を減らすことが期待できます。

斉藤雅茂『高齢者の社会的孤立と地域福祉——計量的アプローチによる測定・評価・予防策』明石書店(2018)

こうした目標を達成することで、高齢者事故の軽減に役立つだけでなく、高齢者が免許返納を強制されず、安全かつ楽しく運転できる、新たな環境や地域性が生まれていきます。

大石佳能子(『100のチャートで見る 人生100年時代、「幸せな老後」を自分でデザインするためのデータブック』

リーガル・デザイン・ディクショナリー

道路交通法: 
道路交通の安全確保を目的とした法律で、1960年に公布されて以来、何度も改正が重ねられてきました。2017年3月の改正では、75歳以上の運転者の認知機能検査が厳しくなり、検査で認知症の恐れがある違反行為が行われた場合に、医師の診断で認知症でないことを証明しなければ更新ができなくなりました。
(東京都「3月12日「改正道路交通法」が施行されます」、https://www.koho.metro.tokyo.lg.jp/2017/02/05.html

運転経歴証明書制度に関する改正規定:
以前は免許返納後1ヶ月以内に申請しなければ取得できなかった運転経歴証明書(ゼロ免許証)ですが、5年以内に変更され、再交付や住所氏名の記載変更などが可能になりました。
(警察庁交通局運転免許課長「運転経歴証明書制度の運用上の留意事項について(通達)」、
https://www.npa.go.jp/policies/application/license_renewal/career_certificate.html

公安委員会:
内閣総理大臣所管の国家公安委員会と、都道府県知事所轄の都道府県公安委員会があり、いずれも警察が民主的に運営され、政治的に中立であるかを管理する委員会であり、運転免許の発行や道路標識の設置主体でもあります。
(国家公安委員会HP「都道府県公安委員会」、https://www.npsc.go.jp/pref/

道路標識、区画線及び道路標示に関する命令(標識令):
日本の道路標識、道路標示、区画線の様式、設置基準を規定する法令です。道路法第45条、道路交通法第4条に基づき、道路の管理者や都道府県の公安委員会に道路標識の設置が課されています。
(「e-gov法令検索」、https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=335M50004002003

道路標識及び信号に関するウィーン条約(ウィーン条約):
国際的な道路標識の統一を掲げ、1953年に「国際連合道路標識」が発行された後、1968年に成立した国連条約です。日本も1963年から国際規格の道路標識を取り入れ、標識令を改正してはいますが、実はこの条約を批准しておらず、独自の規格の標識を利用しています。
(国土交通省「道路技術基準・道路標識」、https://www.mlit.go.jp/road/sign/sign/douro/s_world.htm

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