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16 幸せって何だっけ? しあわせの測り方

2023.1.17

国民総幸福量

国民総幸福量という言葉はご存知でしょうか。ブータンの国王が来日した2011年に話題となりましたので、記憶されている方も多いと思います。1972年に第4代ブータン国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクが「GNP(Gross National Product: 国民総生産)よりもGNH(Gross National Happiness: 国民総幸福量)が大切である」と発言したことに端を発します。

そのGNHの基準は4つの柱と9つの指標から成り立っています。

4つの柱

  • 持続可能な社会経済開発 ー 生活の安定のために、持続可能な社会、経済を目指す。
  • 環境保護 ー ブータン固有の自然や、ヒマラヤの麓に脈々と育まれている自然を壊さぬよう、今後の発展に努める。
  • 伝統文化の振興 ー 発展や近代化を遂げたとしても、伝統文化を破壊してはならない。常に古き良き伝統を重んじること。
  • 優れた統治力 ー 優れた国王の統治の下、各ゾンカク(日本で言うところの県)においても優れた統治を行うことで、国全体としての幸福度増加を目指す。

9つの指標

  • 心理的幸福 ー 物質的ではなく、心・精神面が満たされ幸福を感じられるか。
  • 時間の使い方とバランス ー 仕事ばかりや余暇ばかりではなく、バランスが取れた暮らしか。
  • 文化の多様性 ー お互い尊重し合い、伝統的な文化の多様性を重んじれているかどうか。
  • 地域の活力 ー 孤立がなく、家族のように繋がり合い、集団として活気があるかどうか。
  • 環境の多様性 ー 多様性にあふれるとともに、活気があるかどうか。
  • 良い統治 ー 信頼できる統治が行われているかどうか。
  • 健康 ー すべての基本である健康を重んじているかどうか。
  • 教育 ー 平等に、教育を受けることができるとともに、更なる発展が進められているか。
  • 生活水準 ー 最低限の生活水準が保たれているかどうか。

GDP GNP

また、念のため、GDP(国内総生産: Gross Domestic Product)の意味も確認しておきます。GDPとは一定期間内に国内で生み出された付加価値の総額のことです。付加価値は、サービスや商品などを販売価格から原材料や流通費用などを差し引いた結果を示すもので、ざっくり言えば利益とほぼ同じ意味で、国の経済活動状況を表すのに使います。ですので、何を作って何を売ったかなどは関係なく、経済活動の結果を示しています。日本では1990年代前半までは「国民」の生産に重きを置くGNPが用いられていましたが、国連の方針で「国内」での経済活動を示すためにGDPに切り替わりました。

このように、GNPやGDPが使われ始めてからかなりの時間が経ちますが、こうした貨幣を中心とする指標に対する批判的な視点から、さまざまな新しい指標の検討がされてきました。GNHもそれに相当します。

そもそも、GNPとGDPは、1930年代~1940年代に、経済学者サイモン・クズネッツなどがアメリカ政府から国民所得推計の依頼を受けて開発した指標です。その後、GNPやGDPは経済活動の大きな世界的指標として使われるようになり、その功績でクズネッツはノーベル経済学賞を受賞したのですが、開発当初から「国民の福祉をGNP、GDPから推測するのはほとんど不可能だ」と言っていたそうです。すなわち、GDPが測っているのは財やサービスの付加価値に過ぎず、それらの質や意味や本来の価値ではないのですが、成長期の社会はGDPを国民や国家の豊かさと勝手に結びつけてしまいました。

幸せの国家計画の策定と予算配分

こうした状況に対し、ブータンの国としての政策が興味深いのは、ブータン王立研究所が幸せの状態を調査、測定し、GNH委員会がその調査に基づき国家計画を策定し、予算配分を行っている点です。GNHは、国や社会の健康カルテとも言われており、人口減少により経済成長の見込めない成熟社会を考える上では、経済的指標だけでなく、より包括的で多様性のある指標も見ていくことの重要性を印象づける例だと言えます。「しあわせ」と言うと情緒的・感覚的なものを連想しがちですが、これを客観的な指標として多方面から見るアプローチのあり方が重要かと思います。

ブータンの言葉では、経済のことを「ペルジョア」と呼ぶそうです。「ペル」はprosperous(繁栄)を意味し、「ジョア」にはwell-being(幸福)に加えて、集合的、集まるという意味もあるそうで、日本語にすると「持続的で繁栄的な集合的幸せ」といった意味になるそうです。

ちなみに、日本語の「経済」という訳語も、福沢諭吉が「経世済民」(世を經(おさ)め、民(たみ)を濟(すく)う)という言葉から生み出したものでした。ブータンの「幸福を測る」ための指標は他の国や自治体でも提唱されており、日本でもGDW(国民総充実度: Gross Domestic Well-being)などの具体的な指標が検討され始めたところです。

フランスの指標

他の国の例を見ると、例えば、ジョセフ・スティグリッツやアマルティア・セン、ジャンポール・フィトゥシなどの経済学者たちがまとめ、フランス政府が2009 年に公表した「経済パフォーマンスと社会の進歩の測定に関する委員会(CMEPSP)報告」では、「幸福が何を意味するのかは多次元的に定義しなければならない」と述べ、8つの次元を挙げています(p.14-15)。

  • 1 物質的な生活水準(所得、消費および財産)
  • 2 健康
  • 3 教育
  • 4 仕事を含む個人的な諸活動
  • 5 政治的な発言と統治
  • 6 社会的なつながりと諸関係
  • 7 環境(現在および将来の諸条件)
  • 8 経済的および物理的な安全度

主観的幸福感

2011年に発表された日本の内閣府経済社会総合研究所の報告では、「幸福度指標」の三本柱として「経済社会状況」、「心身の健康」、「関係性」が掲げられ、これに「持続可能性」が加味されています。さらに、主観的幸福感は、年齢層により大きな差や変化が見られることから、「子ども」、「若者」、「成人」、「高齢者」などのライフステージの違いを考慮して指標化しようとしています。

また、私の住む福岡県では指標化はされていないものの、「「県民幸福度日本一」を目指して」と題して、以下の項目を掲げています。

  • 1 活力と成長力に満ちた経済と雇用の創出
  • 2 災害や犯罪、事故がなく、安全に安心して暮らせること
  • 3 高齢者や障害者が安心してはつらつと生活できること
  • 4 女性がいきいきと働き活躍すること
  • 5 安心して子育てができること
  • 6 誰もが元気で健康に暮らせること
  • 7 心のぬくもりとつながりを実感できる社会であること
  • 8 子ども・若者が将来に向かって夢を広げ、はばたくこと
  • 9 環境と調和し、快適に暮らせること
  • 10 豊かな文化を楽しみ、国際交流を実感できること

熊本県は幸福度の指標をより積極的に打ち出しており、2011 年 に「県民幸福量を測る指標についての意見書」をまとめ、2013年3月には「県民幸福量を測る指標の作成に係る調査研究」の報告書を取りまとめました。そこで提唱されたのが、主観的幸福度(満足度)を中心に集計し、客観的に提示する総合指標として「県民総幸福量(AKH: Aggregate Kumamoto Happiness)」です。AKHの4つの柱は「経済的な安定」、「将来に不安がない」、「夢を持っている」、「誇りがある」とされています。

京都府は「明日の京都」という政策運営の指針に「京都指標」という指標を2011年に掲げ、府民の幸福度を計測しようとしています。「心の豊かさ」や「満足度」などの主観的な側面を短期間で指標化するのは困難であることから、指標を見直しながら毎年調査を続けており、現在は「府民安心の再構築」、「地域共生の実現」、「京都力の発揮」をコアとする統計データ44項目と府民に対する意識調査48項目を指標に取り入れています。

東京都荒川区では「区政は区民を幸せにするシステムである」 として、「荒川区民総幸福度(GAH)」としています。西川太一郎区長が理事長を務める荒川区自治総合研究所の報告書によると、「健康・福祉」、「子育て・教育」、「産業」、「環境」、「文化」、「安全・安心」の6つの分野で46の指標が設けられているそうです。「荒川区民総幸福度(GAH)」には

  • 荒川区民の幸福度を指標化してその動向を見ながら政策を実施し、区民の幸福度を高めていく。
  • 荒川区に関係のある人や団体などが一緒に荒川区を良くしていく運動につなげていく

の2つの意味があるとされています(p.4)。数量化を通じて理解することに加え、指標を構築するプロセスを含め、より良い社会を目指すための自発的な活動や運動を期待しているのだと思います。行政のできることには限りがありますので、このように市民を主体とする姿勢は重要です。

鶴見哲也、藤井秀道、馬奈木俊介(2021)『幸福の測定――ウェルビーイングを理解する』中央経済社

『幸福の測定 ― ウェルビーイングを理解する』という、大変興味深い書籍があります。
Amazon.co.jpの紹介文で「何を「幸せ」と感じるのかは人それぞれだが、「共通の傾向」があることが学術的に明らかになっている。本書は、幸せの決定要因を追求しながら、各地域に適した政策を提言する。」と綴られているように、まさしく多様性と包摂性からのアプローチの一例を示すものだと言えそうです。


リーガル・デザイン・ディクショナリー

主観的幸福感:
「人々の主観的な生活の評価や幸福感」として定義され、内閣府が測定の必要性を強調しています。(参考: 内閣府ウェブサイト「幸福度研究について」)

新成長戦略:
幸福度指標の必要性が政府で指摘されたのは、2010年6月に「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」を掲げて閣議決定された「新成長戦略」でした。社会の個人化が進み公共意識が失われる中で、社会全体の目標を具体的に示すにあたり必要とされた指標だと言えます。(参考:土堤内昭雄「新成長戦略としての幸福度指標~「社会保障と税の一体改革」を巡って」ニッセイ基礎研究所HP)

子どもの幸福度:
国連児童基金(UNICEF)が2020年に実施した「先進国の子どもの幸福度」に関する調査では、日本の場合は身体的健康が38ヵ国中1位であるにもかかわらず、精神的幸福度は38ヵ国37位という結果が示されました。自殺率も平均よりも高い状態にあり、大人のライフワークバランスの欠如などもその要因として指摘されています。(参考:国連児童基金『イノチェンティ レポートカード16 子どもたちに影響する世界――先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か』)

自殺対策基本法:
2006年に制定された自殺対策の基本方針を定める法律で、第2条第5項では「自殺対策は、保健、医療、福祉、教育、労働その他の関連施策との有機的な連携が図られ、総合的に実施されなければならない」と定められています。(参考:厚生労働省「資料1 自殺対策基本法(平成18年法律第85号)最終改正:平成28年法律第11号」)

統計法:
信頼できる公的統計の実施や利用に関する制度を整備することを定めた法律で、旧法が1947年に制定され、2007年に全面改正されました。第1条では「国民経済の健全な発展及び国民生活の向上に寄与すること」と定められており、国民経済計算(GDP)なども基幹統計の一環として実施されています。[参考:総務省「統計法について」)

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