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15 まちがってたら、変えなきゃね。

2023.1.10

優性?劣性?

日本遺伝学会は2017年9月に『遺伝単~遺伝学用語集 対訳付き~生命の科学 遺伝 別冊』を発行しました。この書籍を通じて約100の遺伝学用語の改訂が提案されました。

日本遺伝学会(編)(2017)『遺伝単~遺伝学用語集 対訳付き~生命の科学 遺伝 別冊』エヌ・ティー・エス

その中でも特によく報道されたのが「顕性/潜性」への改訂です。以前は、特徴が現れやすい遺伝子を「優性」、現れにくい遺伝子を「劣性」と呼んでいましたが、遺伝子に優劣があるとの誤解を避けるために、それぞれ「顕性」、「潜性」と改められました。他にも、「突然変異」という言葉がありますが、その原語に「突然」という意味は含まれていないので、これを除いて「変異」とされました。「色覚異常」や「色弱」も「色覚多様性」と変更しました。その一部を以下に示します。

いくつかこのコラムと関係するところを「遺伝学用語改訂について 2017.9.11 日本遺伝学会」から以下の通り、引用させていただきます。

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1.<dominant, recessive>優性→顕性及び、劣性→潜性
「優性、劣性」は遺伝学用語として長年使われていたが、優・劣という強い価値観 を含んだ語感に縛られている人たちが圧倒的に多い。疾患を対象とした臨床遺伝の分野で は「劣性」遺伝のもつマイナスイメージは深刻でさえある。一般社会にもすでに定着して いる用語ではあるが、この機会に、歴史的考察もしなかがら、語感がより中立的な「顕性、潜性」に変更することになった。

(中略)

5.<variation>変異、彷徨変異→(1)多様性(2)変動
geneticsの概念(Batesonによる造語、1905: “heredity と variationを研究する学問”)が日本に伝えられて以降、variationには「変異(彷徨変異)」という訳語が当てられ、mutationには突然変異と訳されてきたため、分かりづらかった。英語の本来の意味、概念を明確に区別するために、mutation は[突然]変異、variationは多様性とした。また、「多様性」は生物学全体、あるいは生態学では diversity の訳に用いられているが、意味は類似しており、混乱は大きくはない。また、variation には、状態としての多様性に加えて、プロセスとして変化する意味がある。そちらには、 (2)変動を当てる。多様性という訳語に関しては日本人類遺伝学会とも一致して いる。本解説では日本人類遺伝学会の見解(2009)から一部引用。

6. <diversity>多様性→(1)多様性(2)分岐  
diversity には、状態として多様であるという意味と、まさに多様になろうとしている状態としての分岐の意味があるので、分岐を加えた。

7. <color blindness>色覚異常、色盲→color vision variation色覚多様性
英語の color blindness に相当する日本語は、教科書でもメディアでも「色盲」を避けて「色覚異常」に統一されている。日本医学会の改訂用語(2008)でも「2色覚」 (旧来の色 盲)、「異常3色覚」(旧来の色弱)が提示されている。しかし、一般集団中にごくありふれていて(日本人男性の5%、西欧では9%の地域も)日常生活にとくに不便さがない遺伝形質に対して、「異常」と呼称することに違和感をもつ人は多い。 Color blindness に対する邦語の適訳がないので、この用語集では(日本人類 遺伝学会との共同で)邦語と英語をペアにしたかたちで、色覚多様性(color vision variation)という呼称(概念)を提案する。

(後略)

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以前は「優性遺伝」や「劣性遺伝」などの言葉が誤用されることで、深刻な差別の温床になっていたこともあります。このように、学会が社会性や倫理性を持って社会に概念の修正を提言していくことは、大変重要なことです。

このことを考えるために、今回は「顕性/潜性」だけでなく色覚多様性について深掘りしたいと思います。

色覚検査

今では「色覚多様性」と呼ばれているものが、昔は「色覚異常」や「色盲」と呼ばれ、検査も行われていました。よく知られるのは、複数のドットで構成された円形の面の中に浮かび上がる数字を読めるかどうかをチェックする検査で、石原式色覚検査というものです。

『石原色覚検査表II 国際版38表』

色覚検査は、以前は小学校4年生の健康診断で全員を対象に行われていましたが、2004年頃からは希望者のみの検査とされました。しかし、一部の地域では2015年頃から検査が再開されているようです。

色覚多様性

色覚の差異には先天性のものと、緑内障などの病気による後天性のものがありますが、多くのケースでは先天性の色覚多様性が問題になります。

そもそも「色覚」とは何でしょうか。光が網膜に届くと、そこにある視細胞が光を感じ、それが情報として脳に伝わり、私達は視覚情報を感じとり、「見える」状態になります。そして、視細胞には、色を感じとる細胞と、明るさを感じる細胞があるのですが、色を感じとる細胞の働きによって、色が見分けにくくなる場合があります。その状態が昔は「色覚異常」と呼ばれていました。色を感じとる視細胞には、いわゆる「赤」を感じとる視細胞(L錐体)、いわゆる「緑」を感じとる視細胞(M錐体)、いわゆる「青」を感じとる視細胞(S錐体)の3種類があり、その各細胞の働きや感度により色の見え方が変わってくるということです。そのうち1つの視細胞が働かない「2色型色覚」の人は、感じとる色の種類・範囲が減少します。そのため、色覚検査では、真ん中に書かれた数字が読めないという状態になるわけです。

色覚多様性という言葉は、錐体細胞による色の認識・識別の仕方が多数派とは違うタイプの人もいることを示唆するものです。例えば、一般的に「赤緑色弱」と呼ばれてきたタイプの人は赤と緑の区別がつきにくく、世界には約2億5000万人もいると言われています。

日本人の場合、男性の約20人に1人、女性の約500人に1人の割合で色覚が多数派とは異なる人がいると言われ、およそ300万人以上が2色型色覚だと言われています。遺伝子のどこかに問題があるということはわかっているのですが、今のところ、有効な治療法はないそうです。

『Newton 感覚のふしぎシリーズ第2回』(ニュートンプレス、2016年)

あるいは、緑を感じる視細胞がない、もしくは弱い場合は、赤と緑、オレンジと黄緑、緑と茶、青と紫、ピンクと白や灰色、緑と灰色や黒のレイアウトやコーディネートがわかりづらくなるそうです。赤を感じる視細胞がない、または弱い人は、前述の組み合わせに加えて、赤と黒、ピンクと青が区別しづらいそうです。つまり、これらの色の組み合わせは、2色型色覚の人の目には似た刺激となるため、区別しづらくなるのです。

2色型色覚のお子さんの場合は、幼稚園・保育園から小学校低学年ごろまでに、「これは何色?」と聞かれて周囲の子と異なる答えを言って笑われた、などといった経験もするようです。過去には無理解な教育者による叱責も多く見られたようですが、現在でも、このような色覚に関する理解がどれだけ教育の場に普及しているのかは疑問です。

2色型色覚の人は、自分で対処の仕方を覚えていくと言われます。色の呼び方などについて、自分以外の人が言っていることに合わせて理解しようとすることもあるそうです。しかし、こうした個々で行われている対応に甘んじて、社会がそのような努力を当たり前に押し付けることは決してあってはいけません。

また、2色型色覚では就けない、あるいはハンディがあるとされる仕事がかつては多くありました。しかし、色覚が本当に仕事に差し障りがあるのかははっきりしていないところもあるにもかかわらず、わずかながら今でもそうした職業制限が残っており、色覚検査を復活させる根拠の一つとされることもあります。色覚が職務上差し支えるとしても、それを本人の責任にすべきではなく、本人の職業選択の自由の幅を狭めないように、社会全体の責任として考えなければなりません。2色型色覚の人だけでなく、3色型色覚の人も「色覚は人によって異なる」という科学的な事実を正しく理解し、住みやすいような世の中を作ることがより重要だと考えます。

淘汰されない

遺伝子というものは、「ある特性が優れていて、ある特性が劣っている」という関係が固定的に存在するものではなく、時代によって異なる価値が与えられたものに過ぎません。

例えば、2色型色覚の人は、色の違いに惑わされることがなく、狩りにおいて有利だったという考え方もあるようです。集団で狩猟を中心とする生活をしていた頃は、リーダーシップを発揮し統率することが得意な人、槍や石を遠くまで投げられる人、足が速い人、獲物をはこぶ腕力が強い人、そして色に惑わされず獲物の輪郭や動きを見つけやすい2色型色覚の人などで役割分担をしていたのではないかという仮説があります。特に5%と比較的大きい割合で男性に2色型色覚が見られるのは、当時のそうした役割分担が理由だとも考えられています。

川端裕人(2020)『「色のふしぎ」と不思議な社会——2020年代の「色覚」原論』筑摩書房

2色型色覚に限らず、”不利”なものや”病気”として扱われてきた遺伝的要素は他にもたくさんあります。私には遺伝学的なことや生物学的なことはわかりませんが、しかし、本来は生物的な多様性に過ぎない特性が劣ったものや障害、病気として扱われるのは、私たちの社会の仕組みの方が平板だからかもしれません。生物としての私たちの多様性を、優劣の問題や「人それぞれ」という見方に還元するのではなく、積極的に理解し、連続的で柔軟な流体のようなものとして捉えていくことが、分断を乗り越える上で重要なのではないでしょうか。


リーガル・デザイン・ディクショナリー

学校保健安全法(旧:学校保健法):
学校の児童生徒や教職員の健康保持を目的として1958年に制定された法律で、健康診断の根拠となっています。その内容は施行規則で定められており、色覚検査は義務化されていましたが、「差別に繋がる」ことが問題視され、2002年に義務が廃止されました。しかし、2014年に施行規則が改正され、色覚検査の強化指導が指示されました(参考:e-gov法令検索、https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=333M50000080018)

労働安全衛生法:
安全衛生の責任を明確化し、労働災害を防ぐために1972年に制定された法律で、労働者が健康診断を受ける権利の根拠となっています。1942年に工場法施行規則の改正で結核対策として義務化された健康診断を継承しており、労働安全衛生規則で内容が定められています。学校保健安全法と同様に色覚検査が義務づけられていましたが、2001年に省令改正で廃止されました。(参考:e-gov法令検索、https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=347AC0000000057)

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