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20 評価って難しい
補助具って
手に障害がある人のための筆記補助具というものがあります。近年は、パソコンやスマホの入力が大部分となったためペンや鉛筆で字を書くこと自体が大変減少したと言われていますが、宅配便の受け取りや銀行の手続きなど、サインをする機会はまだたくさんあります。しかし、手指の切断であったり、病気などで手が不自由になりサインができない人がたくさんいます。もちろん、代理人が認められる場合もありますが、字を書くということは、シニアの方がお孫さんに手紙を書く時、また、勉強をする時など、様々な日常のシーンに関わる行為です。それらの場面で、字が書けないことは大変なハンディになります。
私は図1のような補助具の開発をお手伝いしたことがあります。普段は意識しないかもしれませんが、細いペンを握るには結構な力が必要なものです。そのため、弱い力でも足りない分を補助できるように、この補助具は手のひらで握るようなイメージで開発しました。
今回はこのような機器そのもののお話ではなく、福祉機器や補助具の評価について考えたいと思います。この機器の開発では、ユーザーに被験者となってもらい、主観的な評価を聞き取るインタビューを主に行いました。しかし、何を最適と感じるのかは数量化されておらず、調査を行う時期やタイミング、相手の被験者によって大きく異なるので、再現性が高いとは言えません。つまり、同じ被験者でも評価が一転することがあったり、被験者によって評価の度合いがバラバラであることが課題として挙げられます。
機器や道具を使って多様な障害者や高齢者のサポートを可能にするためには、それらの機器や道具を医療施設や介護施設に導入しようとする選定者に対して、適切な情報提供をしていくことが大切だと考えます。
評価方法やその開発って大変
障害者や高齢者の動作の特性は千差万別で、障害の程度や多様なニーズに応じて個別に対応する必要があります。しかし、そうした個別具体的なニーズはニッチで、マーケットの規模も大きいとは言えないため、大企業による大量生産ではなく中小企業による少量多品種生産が多く見られます。そのため、評価や評価方法の開発にまでは手が回らないケースが多いのが現状です。
そこで、具体的な例として、手指障害者・高齢者の補助具の評価方法を説明していきます。一般的には、字を書くのに慣れているか否か、あるいは字が大きいか否かを問わず、書くのにかかる時間はほぼ一定であるとされています。
例えば、「神経発達症をともなう子どもにおける書字のつまずきに関する研究動向」(加戸陽子)によると、
- 「字の大きさに関わらず書字所要時間は一定となり」(Freeman 1914)
- 「書字速度変化にも均一性が認められるようになる」(Viviani & Terzuolo 1980)
とのことです。
また、字を書くのに慣れている人の場合、字を書く速度が異なっても、字を書く速度変化のグラフの多峰性が同じであることが、Viviani & Terzuoloによって示されています。つまり、ゆっくり書いても急いで書いても、同じ字であればその字の部分(部首など)を書くスピードは相対的には変わらないということです。
私は、これらの評価方法を実際に応用して筆記補助具の効果を測定し、その結果を分析しました(図2)。
この効果測定では、手に障害を持つ人が補助具を使って文字を書く場合と、補助具を使わずに文字を書く場合を比較しました。どちらの場合も文字を書くのにかかる時間(書字時間)が一致していれば、補助具は有効であると言えます。また、さらに文字を書くスピード(書字速度)の変化も計測し、こちらも一致していれば、補助具の有効性を示すことができると考えました。
実験のデザイン
さらに、この仮説を検証するための実験のデザインのよいところは、障害のない人も対象にして実験できる点です。障害者だけを対象としたヒアリングでは根本的な評価には繋がりにくく、健常者に擬似的に障害を与えた上で、より良い評価ができるという考え方です。
当事者を被験者にして評価することももちろん大切ですが、それだけでは改善の程度がわかりません。また被験者も限定的になり、当事者だけでは評価実験をすることが難しいということもあります。
まずは、図3のような計測方法を用いて仮の実験を行いました。分析結果は図4のようになり、ひとまずは計測が可能であることがわかりました。
そこから本実験として、健常者には普段の状態に加え、擬似的に障害を与え、まずは補助具を使わず、次に補助具を使って書字をしてもらうと(図5)、補助具の有効性を明確に示唆する結果(図6)が示されました。また、この実験により、補助具の効果は一様ではなく、ペンを動かす方向により効果の差があることもわかりました。簡単に言うと、ペンを押す時と引く時では、使いやすさの効果に差がある事もわかりました。書字に関わる他の様々な行為も同時に分析することができました(図7)。
この補助具のデザインを通し、多様性の包摂は重要であること、しかし、それをどのように評価するかを考えることも、大変重要であることがわかりました。その評価方法は難しいことが多く、簡単にはできませんが、多様かつ客観的な評価で、柔軟度の高い実験のデザインが重要であることは確かです。これまでの、強度やコスト、ユーザーの数量的なアンケートだけではない、文理を織り交ぜた評価方法が社会の多様性のためには重要になってくると思います。
【リーガル・デザイン・ディクショナリー】
ユニバーサル社会実現推進法:
障害者や高齢者が自立した生活を送れるユニバーサル社会の実現に向けた国の責任を明記した法律。民間の優れたバリアフリー・ユニバーサルデザインの開発や普及を表彰する制度などを設けています。
福祉用具:
介護保険法第8条12では「心身の機能が低下し日常生活を営むのに支障がある要介護者等の日常生活上の便宜を図るための用具及び要介護者の機能訓練のための用具であって、要介護者等の日常生活の自立を助けるためのもの」と定義されています。例えば、車いすや歩行器、自動排泄処理装置などが原則貸与の対象として指定されています。
日本工業規格(JIS):
工業標準化法に定められた品質認証制度で、消費者にとっては安全性などの保証にもなります。福祉用具については「目的付記型JISマーク」が採用されています。
義肢装具士(PO):
肢体不自由者の手や足となる義肢を作成し、適合するのに必要な国家資格で、1987年に法整備されました。1人1人の身体に応じた義肢をデザインするためにヒアリングを行っており、パラスポーツのサポートなどにも携わる専門家です。
デジタル・ディバイド(情報格差):
インターネットなどの情報通信技術の利用機会をめぐる格差のことで、特に高齢者や障害者がユニバーサルな情報にアクセスできないことが、2000年代から問題とされてきました。近年は音声読み上げに対応したブラウザなども登場しており、ウェブサイト制作者には多様なブラウザに対応したマークアップ言語の表記が求められます。