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時評:多次元の少子化対策 

2023.1.23

今日(2023年1月23日)、首相の施政方針演説があり、年始の記者会見では「異次元の少子化対策」と言っていた表現が「従来とは次元の異なる少子化対策」に変わりました。どちらも何を言っているのかがわかりにくいですが、フラフラと考えてみたいと思います。

中国の人口が減少したと、中国の国家統計局が1月17日発表しました。2022年末時点の人口は14億1,175万人で、前年から85万人減少したという発表でした。 人口減少は1961年以来、61年ぶりとのことです。

ご存知のように中国の一人っ子政策は1979年から2014年まで実施されていました。当時の出生率の急上昇と死亡率の急低下、食料など社会資本のバランスを鑑みて取られた政策です。ちなみに2015年から2021年までは、一組の夫婦につき子ども二人までとされていたそうです。その後、子どもの制限は無くなったそうですが、中国では「子どもは一人で十分」という考えがすでに浸透しているため(日本経済新聞、2022.07.13)、制限を緩めたり無くしたからといって、すぐに効果が出るとは限らないようです。

戦時中の政策

「産めよ増やせよ」という言葉を聞かれたことがある方も多いと思います。1939年9月30日に、日本帝国政府・厚生省予防局民族衛生研究会が発表した家族計画運動のスローガンです。国民精神総動員「結婚十訓」の第十条『産めよ殖せよ国のため』が元になっています。1941年に策定した「人口政策確立要綱」の目標の「一家庭に子供5人」のための国策スローガンの一つです。

【結婚十訓】(現代仮名遣いに改めて表記)

  • 一.一生の伴侶として信頼できる人を選びましょう
  • 二.心身共に健康な人を選びましょう
  • 三.お互いに健康証明書を交換しましょう
  • 四.悪い遺伝のない人を選びましょう
  • 五.近親結婚は、なるべく避けましょう
  • 六.なるべく早く結婚しましょう
  • 七.迷信や因習に捉われないこと
  • 八.父母長上の意見を尊重しなさい
  • 九.式は質素に、届けはすぐに
  • 十.産めよ育てよ国のため

人口と増やそうとしながらも、当時「優生」だと考えられていたもの以外は断絶させようとするなど、今見ると信じられないような記述がたくさんあります。いろいろな科学的知識の不足はもちろんですが、子どもや人口、家族ということに対する一元的な考え方に基づく、広がりのない議論や政策は今も見受けられます。

こども家庭庁

日本では4月から、こども家庭庁が設置されます。(こども家庭庁設置法、こども家庭庁設置法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律、こども基本法)。

長官をトップに、長官官房、こども成育局、こども支援局の1官房2局体制として、審議官2人、課長級ポスト14人、室長級ポスト11人を設置するそうです。組織全体で430人だそうです。少子化対策に関しては、少子化対策企画官が置かれていますが、どのくらいの政策が決定されるのかについては未知数という感じがします。

また、1月に打ち出された ”異次元の少子化対策” では、
 1)児童手当など経済的支援の強化
 2)学童保育や病児保育、産後ケアなどの支援拡充
 3)働き方改革の推進(参考:野村総合研究所「異次元の少子化政策とはいったい何か」
が掲げられています。具体的に実現可能な楽しい生活や明るい未来の姿を描くものというよりは、「強化」、「拡充」、「改革推進」などスローガン的な文言が並んでおり、どのあたりが「異次元」なのかがピンと来ません。

各国の政策

ここで各国の少子化対策の政策を見ていきたいと思います。

フランス

  • 家族手当:所得制限なし。2子以上を養育する家庭に給付。20歳になるまで、こどもの数によって支給。1子の家庭には支給されない
  • N分N乗方式:子育て世代、特に3人以上の子どもを育てている世帯に対し、大幅な所得税減税
  • 家族補足手当:第3子から支給される。制限は緩い
  • 年金加算:子どもを3人養育すると年金が10%加算
  • 職業自由選択補足手当:子育ての為に仕事の全休や、週3日、午後3時までのような時短勤務など、個人に合わせて選択可
  • 保育方法自由選択補足手当:保育ママに子どもを預ける場合に支給
  • 出産費用:産科の受診料、検診費、出生前診断、出産費用など妊娠出産から産後を含め無料。
  • 父親の出産休暇:母と同様の有給扱いで賃金の80%が保障
  • 不妊治療と人工中絶:治療は公費。43歳まで
  • 事実婚と婚外子:法律婚にとらわれないカップル増。フランス人の家族観とそれに伴う法の整備。非嫡出子の権利は嫡出子と同じ。嫡出子、自然子という用語が民法から削除
  • 高校までの学費:無料
    公立大学の学費:数万程度の登録手続き費と健康保険料のみ
  • 保育サービス:3歳までは自宅で子どもをみてくれる認定保育ママや低額のベビーシッターが簡単に利用可。
  • 保育学校:3歳以上になると公立の保育学校に入学可、初等教育体系に位置づけられている為100%就学保障

ハンガリー

  • 4人目の子供を産むと、定年まで所得税ゼロ
  • 3年間の有給育児休暇
  • 結婚奨励金
  • 体外受精無料化

スウェーデン

  • スピードプレミアム:子どもを出産する間隔を短くすると優遇される制度
  • サムボ(事実婚、同棲)制度:いわゆる同性を事実婚と認める制度
  • マックスタクサ:保育所の利用料金の上限額を定める制度
  • 父親専用の育児休暇
  • 高い育児給付金

ギリシャ

  • 赤ちゃんボーナス:子どもの生まれた家族に2000ユーロのお祝い金を支給する制度

イタリア

  • 国による一時金支給制度(1000ユーロ)
  • 父親休暇制度
  • 保育所整備を行う事業主に対する助成

スペイン

  • 住宅省設置
  • 住宅確保支援
  • 有期雇用契約の濫用防止

ただ、これだけの政策を打っても効果には限りがあるのも確かなようです。例えば、フランスの出生率は日本より高い水準で上昇していたものの、2014年をピークに再び低下傾向にあるとのことです。北欧3国についても近年減少が見られています。2018年にはフィンランドの出生率は日本よりも低くなってしまったそうです。複雑な考えとその結果を理解することが非常に難しいと思います。

先に見たように、フランスは子育て支援のための社会的支出は日本と比較して非常に多いです。ただ「家族向けの社会支出を増やしたから出生が増えた」という因果関係を検証するのは難しそうです。企業の商品広告や大学の広報などもそうですが、とにかくマイナスではなさそうなことをたくさんして、結果を改善しよう、改善すればよいという方式で物事を進めると、その因果関係を把握するのは難しくなるかとは思います。

日本の場合、1人の女性が一生のあいだに産む子どもの数=合計特殊出生率が1971年の2.16から減少の一途をたどり、2005年には最低値となる1.26になりました。 その後はやや上昇傾向となっていましたが、2016年以降は再び減少となっています。一人あたり何人生むかということと、産む人が何人いるのかはもちろん考えるべきですが、それだけでは根本的な問題解決に繋がらないようです。

いずれにしても、少子化政策は、家族政策から進めるか、女性解放政策から進めるか、住宅や労働環境の向上を優先するか、移民支援を行うかなど、国によって採用する方法も重点も様々です。施策の背景にも様々な系譜があり、ある国で成功した政策が他の国で上手く行くとは限りません。効果の有無が複雑すぎるので一発でエビデンスが示せるわけではないことが、少子化問題が大変難しく、まさしく ”厄介な問題” である所以かもしれません。

多次元のデザイン

現代の社会において、戦時下の【結婚十訓】のような思想はもちろん有り得ません。個人の自由を尊重するためには、家族政策、婚姻制度、住環境政策、労働市場政策、男女共同参画政策などの幅広いアプローチと関係性から少子化対策を考える必要があるでしょう。そのエビデンスや因果関係もわかりにくいことは確かです。例えば、デザインフィクション(アートやデザインからの発想や妄想)と数理モデリング(社会の構造を客観的、論理的に読み解く方法)を組み合わせるなど、多くの次元(アプローチ、考える方向性)から物事を捉える見方が必要になるのではないかと思います。

*ちなみに、九州大学大橋キャンパスには多次元デザイン実験棟という建物があります。九州大学芸術工学部では、”多次元” 的な思考法をつねに意識しています。

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