Newsletters

DIDI Newsletter(2023年4月公開)

2023.4.26

2023年度の1号目となる今号は、副センター長の中村美亜先生にお話をうかがいました。社会包摂デザイン・イニシアティブ(DIDI)で中村先生が行っている認知症をテーマにしたプロジェクトや授業についてお聞きしました。また、中村先生が翻訳し2022年9月に出版された書籍『芸術文化の価値とは何か』の制作背景もうかがいました。

Project:認知症ケアの場で共創的アートが変化を生み出す仕組み

ソーシャルアートラボでは、中村先生を担当に2021年度と2022年度の2年にわたって認知症ケアをテーマにしたプロジェクトを行いました。今年度も継続し、プロジェクトを行っていく予定です(プロジェクトの詳細はコチラを参照)。

(写真:2021年度に行った、デイケア施設「うみがめ」でのワークショップの様子)

− プロジェクトをやることになったきっかけを教えてください。

2020年、コロナ禍に入ったばかりの頃です。ハンドブックを一緒に作っていたNPO法人ドネルモから、ラボラトリオという認知症に関する政策立案や活動創出をしている会社を紹介されました。「認知症の現場では『支援する人/される人』という関係に固定されていて、それが介護の質を下げている。また、企業もそうした固定的な関係を前提に認知症関連の商品開発を行っている。このような現状を改善するには、“認知症の人も主体的に何かができる” ということを周囲に理解してもらうことが必要だ。それには、アートワークショップが良いのではないか」ということで、私に声がかかったのです。JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)RISTEX(社会技術開発技術センター)のプロジェクトに申請して2年分の助成をいただき、認知症ケアを専門にしている医療法人すずらん会たろうクリニックの内田直樹先生、それにラボラトリオ、ドネルモと一緒にプロジェクトを始めました。

− 初の試みであり、また1年目はコロナ禍による制限も強くて難しい点が多かったのではないでしょうか。

コロナ禍でワークショップを思うように実施できなかったのはもちろんですが、なんとか実施できた数少ないワークショップからRISTEXに成果を報告しなければならなかったのは辛かったですね。例えば、共創的アート活動が認知症に効果的だという客観的エビデンス(証拠)を示すように言われることがありました。すでにイギリスなどでの事例はたくさんあり、認知症の方にポジティブな効果があるということはわかっています。むしろ焦点は、介護する人たちの態度の変化です。ワークショップを楽しむだけではなく、介護する側の人たちが認知症に関する認識を改めたり、認知症の人たちのふだん見えないところに気づくことがポイントだと伝えたんですが、すると今度は「そのエビデンスを出してほしい」と言われ、困り果てました。3回やっただけで態度が変わるというのは非現実的です。

− それをどう乗り越え、翌年度も継続できたのでしょう。

2022年4月から科研費を活用することができました。こちらは短期的に成果を出す必要はないので、辛抱強くゆっくりやっていこうという気持ちで実施しました。ワークショップの様子は毎回動画で撮影し、終了後にアンケートをとってスタッフと一緒に振り返りを行い、それを録音していく。焦らずに続けていくと、いろいろなことがわかってきました。

たろうクリニックのデイケア施設「うみがめ」でワークショップができたのは幸いでした。「うみがめ」の精神科医・勢島奏子先生はアートにとても理解のある人で、私たちのしていることを精神医療の視点から分析することもしてくれて、それがとても面白かったんです。勢島先生はコロナ禍の中で、集団精神療法(みんなで輪を作って自由に話すグループセラピー)を始めていました。その背景としては、コロナ禍で利用者の方たちがお互いに距離を置いて座るようになり、会話も消え、外部から人が誰も来なくなると、表情が暗くなり、症状も悪化していったということがあったそうです。そこで、「何かしないと、まずい」と感じ、集団精神療法を始めたとのことでした。そこに、演劇を取り入れた私たちのワークショップが加わったことで、両者の共通点や違いが見えてきました。勢島先生とは、今年の2月に福岡市科学館の未来研究室という企画で、これらを題材にしたセミナーを行いました。

→ワークショップ解説(動画)は、下記 URL からご覧いただけます。

◆ 新しい「その人らしさ」が見えてくる ~ 認知症の方と介護者の方が 『共に創るアートワークショップ』
https://youtu.be/3_hghN2Khrk

◆ 「認知症ケアへの創造的アプローチ」 2023年2月19日 未来研究室第3回セミナー(福岡市科学館)
登壇:勢島奏子先生、中村美亜先生
https://youtu.be/CdhCoTby6cA

  

(写真:ワークショップの様子。左からデイケア「うみがめ」、デイサービス「みらくる」)

− 今後も、継続して展開していくのでしょうか。

どう展開するか考えているところです。このような研究をどう評価していくか、実施の際にどうコミュニケーションすれば良いかということについても、定期的に研究会で議論しています。また、今年度はイギリスに行って調べてこようとも思っています。

もう一つ、文化の分野の人と福祉の分野の人が協働するときに、どこに難しさがあるのかという調査もしています。これまで予備調査として、文化側4人、福祉側4人に話を聞いたのですが、分野というよりはケア観の方が重要であることが見えてきました。福祉の中でも、人間的なつながりや寄り添いを大事にし、実践できる人たちがいる一方で、余裕がなくてそこまで考えられない、あるいは、そういう適性がないから作業だけをする、という人たちがいます。文化の側にも、人間的なつながりや寄り添いを大事にする人がいる一方で、作品の出来栄えや芸術的なスキルにこだわる人もいます。前者どうしではうまくいくのですが、そうでない場合はうまくいなかいようです。

「うみがめ」に加えて、昨年度は「みらくる」というデイサービスでもワークショップを実施したのですが、どちらのスタッフも利用者たちにしっかりと向き合っていて、ふだん反応の乏しい認知症の人たちがアートワークショップによって生き生きとした動きを見せると、ワクワクすると話していました。

文化と福祉が協働できるかどうかは、ケアに対する考え方によるようです。今後は、このあたりのことを、もう少し詳しく調べていく予定です。

− ケアに対するスタッフの考え方や姿勢の違いは、やはり施設長の考えの影響が大きいのでしょうか。

大きいですね。例えば「みらくる」の施設長は「愛がないのは介護ではない」と口酸っぱく言います。小さい施設なので融通も利くし、スタッフと施設長の関係ができているところはいいですよね。軽度・中度の利用者の施設、重度の利用者の施設など状況の違いはありますが、施設長の方針によってケアのあり方は大きく変わると思います。

− 共創的アート活動を通して「介護する人/される人」の関係性が変えられることはわかってきたので、それをどう浸透させていくのでしょう。

アーティスト側にもそれなりの技量が必要になります。今回一緒にやったアーティストたちも経験はあるものの、最初からうまくいったわけではありませんでした。1回目は盛り上がりましたが、2回目は興味をもたない人も出てきて。重度だから難しいんですよ。スタッフは彼らの反応には慣れていて、それが何を意味するかわかるんですが、外部の私たちやアーティストにはわからなくて。反応の薄い人に働きかけるのを諦めて反応のある人にだけやっていたら、スタッフから「それはまずい」と言われました。3回目で工夫したらうまくいき、そこからはスタッフとのコミュニケーションも良くなりました。

− アーティストにもコミュニケーションスキルが必要ということですね。

このようなワークショップを広めようと思うと、アーティスト側の人材育成が必要になってきます。全国でみると何人かいますが、数はかなり限られます。その人たちはすごく能力が高いのですが、後に続く人がいません。今年度は、認知症の人とのワークショプに興味のあるアーティストのネットワークづくりを始めたいですね。

教育について

− 昨年度、先生が担当された授業「プラットフォーム演習B(認知症とアートベースリサーチ)」についてお話を聞かせてください。

学部2年生を対象した秋学期のプロジェクト授業です。2021年度はコロナ禍で実践的なことができなかったので、2022年度こそはと張り切っていたんですが、同じ時間に他の授業が重なり、受講者が10人から3人に減ってしまいました。でも3人とも非常に熱心だったので、とても良かったですね。

毎回ゲストを呼ぶという贅沢な授業で、たくさんの方に協力いただきました。ゲストの1人でもあった福岡市南区の小規模多機能施設「森の家みのり荘」の田中史王さんが大学の近くの施設の人たちを紹介してくれて、学生がそこで利用者さんたちと一緒に過ごす体験をすることもできました。学生たちは、加えて、様々なワークショップの動画を見たり、ゲストの話を聞いたりしたうえで、自分たちが施設でできることは何かを考えました。

− この段階ではどのような指導をされたのでしょう。

まず、楽しいだけのレクリエーションではなく、認知症の人たちが自分の能力や個性を発揮できるワークショップをするという共通の目的を確認しました。そのために何ができるかを考えてもらうんですが、私は黙って見守るだけです。サクソフォーンが得意な学生がいたりして、何か特技をやろうかという話もありましたが、結果的には折り紙をすることになりました。色とりどりの折り紙を買い、「折り紙だとつまらない」という方もいるだろうとトントン相撲も用意して、小規模多機能ホーム「ゆふの郷」のギャラリーでワークショップを行いました。

− ワークショップの印象は?

最初に「今日は折り紙をやります。やっこさんを知っている人」って聞くと、利用者のみなさんから「知らない」「わからない」って答えが返ってくるんです。「ゆふの郷」の利用者さんたちは会話はできるので、学生が「こうやるんですよ」と教えると、みなさん綺麗に折ります。知識は忘れていても身体は覚えているようで、綺麗に折れない人はいませんでした。そこからどんどん折り始める人もいましたし、学生が「折り方を教えてください」とお願いすると、いろいろな折り方を教えてくる人もいました。できた折り紙を並べてお人形さんごっこのようなことをする方もいましたね。学生が帰るときには、「今日は楽しかった」ととても喜んでいました。

(写真:折り紙ワークショップ。トントン相撲をやったり、飾って楽しんだりもしました)

学生たちも、認知症について知識としては知っていても実際にどういうものかはわかっていませんでしたが、事前に専門家に教えてもらったり自分たちで調べたりしながら知識を深め、実践したことで、やり方ひとつで何とかなるという自信がついたのではないかなと思います。

− ワークショップの報告に、ウェブメディア「note」を活用されたのは、とても良いアイデアです。

レポートではなくて、やったことがみんなに伝わるような形のものを作るようにと言ったところ、残り2週間しかなかったこともあり、「note」を使うことになりました。「note」を最初に作ったときは、ストーリーが表面的な感じだったんですよ。あまり私が口を出しすぎるのも良くないし、とは言え、こんな軽い感じのウェブ記事ではあまり意味がないし、どうしたものかなと思っていたら、最終回のゲストで来たラボラトリオの南伸太郎さんが「これじゃ、あまりにもやったことが伝わらない」ってビシッと言ってくれて。「このワークショップをやって何がわかったの?」とかいろいろ突っ込んでくれて、すごく助かりました。それでずいぶん良くなりました。学生たちにとっては、自分たちの得た知見をどうアウトプットすれば伝わるかということも学べて、いい機会になったと思います。


→ note「認知症の人でも、実はできることがたくさんある」はコチラからご覧いただけます。


中村先生からのおすすめ本

『マイノリティデザイン−弱さを生かせる社会をつくろう』澤田 智洋 著(ライツ社)

「日本テレビ『シューイチ』、NHK『おはよう日本』などにたびたび出演。SDGsクリエイティブ総責任者ヤーコブ・トロールベック氏との対談をはじめ、各界が注目する『福祉の世界で活躍するコピーライター』澤田智洋。苦手、できないこと、障害、コンプレックス=人はみな、なにかの弱者・マイノリティ。『弱さ』を起点にさまざまな社会課題を解決する仕掛け人が、その仕事の全貌をはじめて書き下ろす。」(ライツ社サイトより)

「著者は広告代理店に勤めていますが、お子さんが障害をもって生まれたということでいろいろな活動をされています。例えば、スポーツのルールを変えて障害があってもなくてもハンディがないような『ゆるスポーツ』を提案されるなど、そういったアイデアやデザインの話がたくさんでてきます。」(中村先生)

『社会的処方−孤立という病を地域のつながりで治す方法』 西 智弘 編著  西上ありさ・出野 紀子・石井 麗子 共著、藤岡 聡子・横山 太郎・守本 陽一・森田 洋之・井階 友貴・村尾 剛志 著(学芸出版社)

「認知症・鬱病・運動不足による各種疾患…。医療をめぐるさまざまな問題の最上流には近年深まる『社会的孤立』がある。従来の医療の枠組みでは対処が難しい問題に対し、薬ではなく『地域での人のつながり』を処方する『社会的処方』。制度として導入したイギリスの事例と、日本各地で始まったしくみづくりの取り組みを紹介。」(学芸出版社サイトより)

「編著者は医師です。『社会的処方』とは要するに、薬を処方する代わりに “活動” を処方するという手法です。それを医療の現場だけでなくもっと市民の中でやっていこうと、かなり大きなムーブメントを起こしている人ですね。事例の中には、アート系では岐阜県の可児市文化想像センターalaが取り組んでいる不登校の子たちの演劇ワークショップなど、ソーシャルアートラボの取り組みに近いものも紹介されています。とても面白い本です。」(中村先生)。

『多様性の科学』 マシュー・サイド 著 (DISCOVER)

「経営者からメディア、著名人までもが大絶賛!なぜグッチは成功しプラダは失敗したのか。なぜルート128はシリコンバレーになれなかったのか。オックスフォード大を主席で卒業した異才のジャーナリストが、CIA、グローバル企業、登山家、ダイエットなど、あらゆる業界を横断し、多様性の必要性を解き明かす。自分とは異なる人々と接し、馴染みのない考え方や行動に触れる価値とは?(DISCOVERサイトより)

「イチオシの本です。なぜ精鋭揃いのアメリカの情報機関が2001年の9.11テロ事件を防げなかったか。なぜダイエットをしても痩せられないのか。天才はネットワークから生まれる。進化生物学的に見ると、人間は多様であるからこそ、この世に生き残れているという事実……などなど。組織論の本ですが、幅広い知見と実際にあったスリリングなエピソードで、なぜ多様性が大切なのかが説得力をもって書かれています。」(中村先生)

『音楽をひらく—アート・ケア・文化のトリロジー』中村 美亜 著(水声社)

「なぜ、わたしたちは《音楽》から《生きるよろこび》を得るのか? 現代の多文化社会で、音楽はいかにして他者理解を可能にするのか——音楽を「生きのびるための叡智」として再発見し、《実践としての音楽》を問う気鋭の論考。」(水声社サイトより)

「私の博士論文を直したもので、事例で出てくるのは、首都圏で活動している10ほどのLGBTの音楽サークルが集まって年に1度、音楽フェスティバルをする話と、毎月1回行われていたHIVの予防と啓発を兼ねたクラブイベントです。その場で何があったかということより、音楽がどういうふうにその人たちのエンパワメントにつながっているかとか、音楽がどういう役割を演じているかとか、そういう内容です。理論的な記述も多いのですが、今日においても音楽は人間の生と地続きであり、マイノリティにとってのエンパワメントにもなるし、マイノリティとマジョリティの境界を融解させていくものにもなるということが論じられています。」(中村先生)

『クィア・セクソロジー 性の思いこみを解きほぐす』中村 美亜 著(インパクト出版会)

「性暴力、セックスレス、エイズ、同性愛、性同一性障害、男女共同参画などの今日的問題を、映画・音楽・アートも含めた身近な話題を通して、マイノリティの視点から包括的に捉えなおす。ジェンダー/セクシュアリティの新しい展望をきりひらく、斬新でクィアなエッセイ集。」(アマゾン商品紹介より)

「性の思いこみを解きほぐすためのエッセイを集めたものです。ジェンダーやセクシュアリティの話を今までの基準や常識から話すのではなく、むしろマイノリティの側から見るとどうかという内容です。例えば、両性愛は “男性と女性の両方が好きな人” と一般的に捉えられていますが、実際は、“好きになった人がたまたま男性だったり女性だったりする”というように、言われていることと本当に捉えるべきことは違うということを、いろいろなエピソードで綴っています。」(中村先生)


特別インタビュー:『芸術文化の価値とは何か – 個人や社会にもたらす変化とその評価』の制作について

− 先生が翻訳された渾身の一冊が、2022年9月に発刊されました。この本についてお話を聞かせてください。先生がこれまで研究されてきたことに通じるなと、とても感じました。

『音楽をひらく』にあるように、私はマイノリティの研究から入っているんですが、『芸術文化の価値とは何か』のオリジナル『Understanding the value of arts & culture』(著者:Geoffrey Crossick、Patrycja Kazynska)を読んで、「芸術の力」が人間の生とどう関わるかということを実証的かつ体系的に論じていることに感銘を受けました。この本では「体験」を重視しているのですが、私も常々そうあるべきだとの思いもあったので、個人的に翻訳を始めたところ、出版のお話をいただきました。

もう一つ、経済的価値偏重の日本の現状に声をあげるということも、翻訳を始めた大きな理由です。芸術や文化を市場的な価値で測るようになったら、それはもう芸術でも文化でもなくなってしまいます。市場価値や政治的なものでできている世界とは違うレイヤーで、つまりお金にならないものでも良いものであったり、政治的にタブーだけど実は大事なことを見せていくからこそ、芸術や文化が存在する意味があります。それらをすべて市場的な価値に収斂(しゅうれん)させていくと単なる消費対象になってしまう。そうでないところできちんと芸術や文化を大事にしていく必要があります。

− 翻訳にはどれぐらいの時間がかかったんでしょう。

コロナ禍に入ってからなので、2年ちょっとですね。

− かなり学術的で細かく分析されている内容でした。私も一度では理解が難しく、もう一度読みたいと思っています。それでも、私のような一般人でも「そうそう、こういうアートの役割が知りたかったんだよね」と感じるところもたくさんありました。先生は訳すときに何か工夫はされましたか。

工夫かどうかはわかりませんが、できるだけ読みやすい日本語にするようには努めました。英語に対する日本語訳がないものもたくさんあったので苦労しました。目次の前の「訳語について」に載せていますが、「評価」は、原文では「assessment」「evaluation」「valuation」という3つの単語で言い分けられていましたが、日本語では分けられませんでした。また「art」も日本語の分け方と違ったり、「engagement」や「participation」をどう訳すかなど、最終稿に至るまでにありとあらゆる可能性を探りましたね。

また、ケーススタディの記述では結果だけが書かれているので、原文を読んだだけではニュアンスがよくわからず苦労しました。日本語に訳すときにはどのニュアンスかを決めなければならないので、結局、元の論文を調べて、書かれてある部分を読んでみるしかありませんでした。ですから、私自身はとても勉強になりましたね。1年間留学するぐらいの価値はあったように思います。

− 芸術や文化を一緒に経験することで、介護する側の人たちの態度が変わっていったということが書かれていましたが、先ほどの認知症ケアのアートワークショップの話にもつながるなと感じました。参考になったところはありますか?

認知症ケアのプロジェクトは、この本を読んだうえでやっています。また、この本の中に、舞台を見た直後の感想と、その3ヶ月後の感想が違っているという話があり、直後は非常に感覚的な感想だった一方、3ヶ月後ではより物語的だったり共感的だったりと、よりメタ認知的な感想になると書かれています。言われてみればそうだよなという話ではありますが、とても参考になりました。

− 芸術や文化の力って言語化しづらいものですが、この本を読んで改めて芸術文化の必要性をつくづくと感じ、この本こそ、芸術や文化の活動をやっている人たちにとってのエンパワメントになるんじゃないかと思いました。

そうですね。実践現場にいる人には、「こうやって語ったらいいんだ」というモデルを提示する内容になっていると思います。出版社宛てに、小説家の方から感想が届いたんですが、小説の世界でもいま価値が問題になっているそうで、「すごく参考になった」とのことでした。

− 今年度予定しているイギリスの現地リサーチは、この本とも関わりがあるのでしょうか。

この本を出した研究機関の後継組織も訪問しようと思っています。私はこれからもこのような研究を続けるつもりでいますが、今の日本の文化政策や制度ではまだまだうまくいってないことが多く、1人じゃどうにもならないなぁという気持ちがありました。ですが、この本を出してから周囲の反応がぜんぜん違ってきたので、とても驚いています。


<プロフィール>

中村 美亜(なかむら みあ)

九州大学大学院芸術工学研究院 未来共生デザイン部門 准教授

【大学院(学府)担当】芸術工学府 芸術工学専攻 未来共生デザインコース

【学部担当】芸術工学部 芸術工学科 未来構想デザインコース

芸術文化が人や社会に変化をもたらすプロセスや仕組みに関する学際的研究を行っている。特にアートとケアの関わり、ファシリテーション、評価に関心をもつ。異なる人たちが異なるままに生きていける社会にするために何ができるかということを考え、ジェンダー/セクシュアリティ、多様性に関わる研究も数多く行ってきている。

page top >