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DIDI Newsletter(2023年7月公開)学生インタビュー

2023.7.11

学生の活動の紹介 【世界水泳2023福岡大会のピクトグラム・屋外誘導サイン制作

FINA世界水泳選手権2023福岡大会が、7月14日〜30日で開催されます。この大会のためのピクトグラムと屋外誘導サインを、大会組織委員会と九州大学大学院芸術工学研究院が共同制作しました。

制作に当たっては学生が中心となり、従来使われてきたピクトグラム・サインの改善点の検証や、改善デザインの制作と提案を行いました。

制作に携わった学生のうち3名に、2023年3月、工業デザインが専門の尾方義人先生も同席してインタビューを行い、話を聞きました。

右から、
疋田 睦さん(芸術工学府 修了生)
金子 千聖さん(芸術工学府 修士1年)
星野 純平さん(芸術工学府 修士1年)
※肩書きはインタビュー当時のもの。

Q:福岡市が世界水泳を主催することになって、その大会で使うピクトグラムや屋外誘導サインを九州大学と協力して作ることになり、伊原久裕先生・工藤真生先生・須長正治先生の指導のもと、学生の皆さん中心でデザイン案を作っていったと聞いています。

A:このプロジェクトに関わった学生メンバーは、最初から固定的なメンバーが決まっていたのではなく、いろいろと対象を考えたり、多くのプロセスを踏みながら、15〜19人ほどが参加しました。

Q:今回の福岡の世界水泳では、行政側、主催の都市としては、「ピクトグラムはJIS(日本産業規格)のものを使う」と決めていたそうです。福岡市側からは「“禁止”など、JISに無い新しいデザインのピクトグラムをいくつか作ってほしい」という依頼だったが、伊原先生たちが「時代の変化もありJISも必ずしも万全ではないのだから、ぜひユニバーサルデザインの視点で、JISの改善案も作らせてほしい」と、提案したそうです。福岡市の職員さん達は、JISの改善案導入について、当初あまり乗り気ではなかったと伺っています。

A:普段、先生方の授業などでそういった話を常に聞いていたので、そういう認識は持っていました。おそらく、JISという基準があるにも関わらずそれとは異なる方法をあえて導入する必要性を感じなかったのだと思います。

既成概念や固定観念を変えるデザイン研究:デザインによる社会包摂

Q:JISのピクトグラムは経済産業省で管理され、広く使用されています。これらJISのピクトグラムを見ても、特に何の疑問も感じずに、「いつも目にする、見慣れたデザイン」としか思いませんでした。まず、「従来使用されてきた、今も使われているデザイン」に対して疑問を持ったり改善点を提案できること自体が凄いな、と思います。デザインを専門に学んでいる皆さんとしては、どうですか?

左:JIS(日本産業規格)のピクトグラム
右:九州大学が提案したピクトグラム

A:例えば、このJISの「チェックイン/受付」のピクトグラムの場合、パッと見てまずジェンダーの観点から、「受付の人が女性」という性別役割の固定化のような見方をしているのは、今の時代に適切なのかと考えるようになりました。このように固定観念に基づくような部分がデザイン要素として加えられていることに、プロジェクトを通して気づき始めました。JISのピクトグラムの理解度調査は15歳以上の人を対象に行われています。その調査範囲外の人、例えば幼児などがこれらを見て、果たして本当に分かりやすいのか、という課題もあります。15歳以上といっても幅がありますし、また、いつ行われた調査か、継続的に理解度調査がどのように行われているのか、行われていないのか、そういった検証プロセスも調べていく必要があると思います。

Q:ジェンダーの描写について、芸術工学部でデザインを学ぶ前は、どのように感じていましたか?

A:ジェンダーに関して、多少は抽象的に考えたり、高校などでの実生活で疑問に思うこともありましたが、大学に入るまでは、表現や描写に関して違和感を持つことは無かったです。

Q:違和感を持つようになったきっかけなどは、ありますか?

A:工藤先生の授業などを受けていく中で、そういったピクトグラムの中の細かいデザインに目が行くようになって、徐々に気になるようになった感じです。また、今回のピクトグラム制作をやる前に、同じ研究室の中でジェンダー関係の研究をやっている同級生からいろいろ情報を得ていたことにより、習慣的にジェンダーについて考えるようになっていました。それで、このJISのデザインを見た時に、パッと見て、今まで何も思っていなかったですけれども、「なぜ受付の人は女性なのだろう?」と疑問を持ったところから、もっと改善するピクトグラムがいろいろあるのではないかと思って考えてきました。

「標準化」と、多様性と

Q:なるほど。先ほど、幼児から見ての分かりやすさはどうなのか?という話も出ました。ピクトグラムというのは誰でも分かるようにしなければいけない反面、様々なバイアス(先入観)を含んでいるとも言えますか?

A:私も今まさに研究している中で考えている途中なのですが。「標準化、標準化」と一つの表現にすることが、一定の範囲の人には分かりやすく効率的である、というのが産業デザインの考え方です。色々な状況での調査をして感じるのは、やはりピクトグラムは結局、環境や状況、ユーザーなど、使い方まで考えて設計しないといけないということでした。「このピクトグラムを、どこにどう置くか」と考えた時に、誰が対象で、どれぐらいの大きさが見やすくて、といったものをその場で一つずつ検証していくことで、一番適切なピクトグラムを見いだしていくことかと思います。全部が全部、標準化しなければいけないとは思わないですし、例えば保育園なら、やはり大人より幼児が一番パッと分かりやすいものにするなど、そういうバラつきもある程度は必要になってくるのではないかと、最近は思っています。

ユニバーサルデザインの考え方を、実際に形にする

Q:ルート案内の屋外サインで、普通だと「こちらに行くことを気付かせて、道を間違わないようにさせる」ために表示を設置します。それも大切ですけれども、絶対にここで間違う人が多いというポイントを見つけ、「間違って進んだ人のための表示」も設置したんですよね。

A:ユニバーサルデザインの原則の一つで「ミスの許容(エラーに対する許容)」があります。今回はユニバーサルデザインにしようという考えが最初からあったので、そこに着目して、「戻る」の表示も設置しよう、という流れだったと思います。

Q:教科書にユニバーサルデザインの説明はたくさん書いてありますが、その知識を実際にどう使うかが一番難しいところで、知恵の出しどころ、腕の見せどころだと思います。案内サイン制作のために、相当歩いて現場で何度も調査・検証したそうですね。

A:博多駅前から会場まで何度も歩いて、距離を測ったり、サインの高さを検証したりしながら、現場を何度も確認しました。
プロジェクトメンバーの中で、サイン担当チームとピクトグラム担当チームがあり、お互いに助け合いながらやっていました。特にサイン担当チームは外に出て、動いて探っていくところが多い活動でした。

Q:2つのチームでそれぞれ違うものを作っていく中で、情報交換をしながら気付いたことなどは、ありましたか?

A:それぞれチームで進めていって、週に1回ぐらい、メンバー間と先生たちとのミーティングで情報共有をしていました。その中で、先ほどの「戻る」のピクトグラムは、サイン担当チームがフィールド調査・共有をすることで、ピクトグラム担当チームでは全然想定してなかったけれど確かにそういうピクトグラムも必要だということになり、新たにデザインしました。

比較検証のプロセス

Q:道のりの長さを示す案内表示も、距離で表示するもの、歩く所要時間で表示するものなど、いくつかのパターンを試作したそうですね。現場に行って、どの表示が分かりやすいと思いましたか?

A:博多区呉服町のところは既にあるサインに、距離も時間もどちらも書いているものがあって、そういった先行事例も見て回りました。あとは調査として、大橋キャンパスや伊都キャンパス、博多駅などで、いくつかのパターンの案内サインを実寸大に作ったものを呈示して、通りすがりの歩行者の人たちに見ていただいて、「どの表示が見通しを持てますか?」と。そのように比較して、どれが最適なのかを検討していきました。

Q:検証のプロセスが相当あって大変だったと思います。福岡市に協力してもらったアンケートの結果も相当、統計的な分析をされています。

A:そうですね。時間をかけて、しっかり段階を踏むことができたと思っています。こんなにやることが多いとは思っていなかったです。アンケートの質問の作り方、その刺激指標の作り方、質問文の書き方、分析方法の検証、分析、その解釈の仕方など、想定していたよりもたくさんの段階があって大変でした。

Q:こういったプロセス、はっきり言ってなかなか無いと思います。きちんと分析をして、根拠を持って、かつ、机の上だけではなくて現場に行っているから、大変だったとは思いますが。卒論を一つやったぐらいのプロセスですね。
JISのピクトグラムと改善案のピクトグラムの見やすさを比較するアンケートも、市役所の人がだいぶ、アンケートに協力してくれたのですか。

A:半分が学生、半分は市役所のかたで、半々ぐらいでした。市の職員のかたに50人ぐらい参加いただきました。

基本は1個がJISのもの、それに新しく提案するもの3つで、計4つを見て比較してもらう、といった形のアンケートです。これにより、JISとの違いや、JISより良かった、悪かったという統計的な有意差が出るかどうかを調査しました。

デザインのプロセスで苦労した点とは

Q:一番苦労したものはありますか。

A:ピクトグラムでは、「ファンゾーン」が一番苦労しました。そもそも「ファンゾーン」とは何かという概念が全然わからず、市の職員さんとの打ち合わせの中でも、最終的に「このような機能の場所」というのがなかなか決まりませんでした。

Q:ファンゾーンというのは、今回の世界水泳の独自の場所ですか?

A:独自の場所です。パブリックビューイングもあり、出店のようなものもあり、大変悩みました。最終的に出した案は、大きなスクリーンに向かって人が楽しんでいる様子を表現したものです。既存のピクトグラムを改善するよりも、新しい機能をどう抽象化して表現するかが大変難しかったです。

Q:屋外サインは、どのようなところが大変でしたか?

A:サインは、マニュアル作りが圧倒的に大変でした。最終的にサインは制作会社に発注します。基本的にはサインの考え方を、具体的な要素と、そのレイアウトの考え方を示さなければなりません。すべてのサインを個別にデザインするのではなく、考え方や方法論をデザインとして示さなければならないのです。そうしないと、その会場ごとのサインの計画や変更事項に制作が対応できなくなるからです。矢印はこういう形で、最小サイズはここまで、など。レイアウトを細かく決めて、長さの比であったり、置き方のパターンなど、全部そろえて作る。今までフィールド調査で実際に現地に出かけて、例えば、ここは道が狭い、広いだったり、こう置くのならこちら向きに、など、細かいところまでその場、その場で見て、決めてきたデザイン要件を、制作の段階で普遍的になるように全部マニュアルにまとめる作業です。

Q:本当に、デザインのプロセスは大切ですね。仕事の役割が違うから、手間が掛かってもしっかりやりとりをしていかないといけませんね。大変なプロセスだったと思いますが、皆さん、いかがだったでしょうか。

A:ここまで大掛かりなプロジェクトは初めてだったので、学び、体験の気持ちで頑張りました。大変ではあったけど、楽しかったですし、勉強したという実感がものすごくあります。調査をきちんと行い、それをもとにデザインするのは、すごく充実していました。

Q:とても良いプロジェクトチームだったように思います。

A:チームで人数もそれなりに多くて、年齢差も結構あったのと、留学生のかたも参加されていたので、多様なメンバーである分、連携を取るのがすごく大変でした。このプロジェクトの活動以外にも、それぞれ授業やテストなどがあるので、「この人には、この時期にこれだけの仕事を与えてしまっては駄目」など、そういう調整も大変でした。でもこういったことがプロジェクトマネージメントなんだと実感しました。

また、「いま作っているものが確実に世の中に出る」というのは、大きなモチベーションでした。世界水泳大会の会場を訪れる皆さんが、案内サインやピクトグラムにも注目していただけると嬉しいです。

Q:デザインのプロセスやアプローチが大変良くわかりました。世界水泳、楽しみにしています。ありがとうございました。

A:ありがとうございました。


【九州大学大学院芸術工学研究院 社会包摂デザイン・イニシアティブ】
Tel: 092-553-4552
E-mail: didi-office@design.kyushu-u.ac.jp


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FBSニュース(2023年7月7日 放送)
水泳・世界選手権の競技会場公開 性別を感じさせない『ピクトグラム』を九大生が制作
https://www.fbs.co.jp/fbsnews/news96mo43oy3idn38qj58.html

2021年度 社会包摂デザイン・イニシアティブ年次報告書
(ピクトグラム・屋外誘導サインの理解度調査の様子など)

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