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/ 2022.12.12

2022年度 第2回社会包摂デザイン研究会「配慮」 報告

社会包摂デザイン・イニシアティブ(DIDI)では、不定期で「社会包摂デザイン研究会」を開催し、「社会包摂デザイン」の方向性を様々な角度から検討しています。第2回では、司会進行の長津結一郎先生から、日常生活における「配慮」の多義性についての問題提起を受け、一般社団法人hare to ke lab代表理事の梶原慶子さん、芸術工学研究院の須長正治先生(色彩・視覚科学)、高田正幸先生(音響デザイン学、音響環境学)、増田展大先生(映像メディア論、視覚文化論)にご登壇頂き、「配慮」について議論しました。対面とオンラインを同時に行うハイブリッド開催で、36名の方にご参加頂きました。

梶原慶子さん「行政からみる〈配慮〉」

福岡市役所で「Fukuoka Art Next」などのアート事業を担当しながら、一般社団法人hare to ke labの代表理事を務める梶原さん。そんな梶原さんは、サービスの「冗長性」を行政の制度に組み込むことが配慮において重要だという視座を提示しました。冗長性は、一般的には縦割りの役割分担で生まれる無駄な重複と理解されますが、それを徹底的に排除し、合理化するならば、制度の網の目から零れ落ちる問題も増えるのだと言います。例えば、児童養護施設の退所時期が一律18歳とされてきたように、制度は固定的な線引きを伴いますが、ICF(国際生活機能分類モデル)が提唱するように、当事者の直面する困難の要因はケースバイケースだと考えられます。人口減少・経済停滞により公助の拡大が期待できない状況で、「互助」や「自助」の果たす役割が大きくなることを意識した取組みが必要とされているが、こうした多様性に対応する上では、それを階層的に統合するのではなく、さまざまな組織や機関が連携し、重層的な網の目をつくる視点も重要ではないかと問題提起しました。

須長正治先生「色覚多様性からみる〈配慮〉」

色覚多様性に対応したデザインを研究する須長先生は、色は波長の異なる電磁波であり、人間の知覚に基づいて主観的に認識されているに過ぎないことを強調しました。多数の人が3つの色覚で色を認識しているものの、男性の約5%、女性の約0.2%が「色覚異常」と分類されています。そこで、見分けられない色の組み合わせがあるために、就職の制約となったり、情報弱者になってしまう状況に対し、実は社会的要因、社会での色の使い方から変えていく必要があるという問題意識から研究を進めてきました。そして、「配慮」には、正しい科学的な認識が欠かせないにもかかわらず、未だに物理の教科書に「赤錐体細胞・青錐体細胞・緑錐体細胞」という3色覚に基づく説明が掲載されるなど、バイアスを招く科学的説明が掲載されていることにも懸念を示しました。

高田正幸先生「音響デザインからみる〈配慮〉」


高田先生は、音が人間に与える影響を踏まえて音や音環境をデザインする研究をしており、保育施設の事例から「配慮」を考えました。保育施設は音の問題から近隣住民に受け入れられにくい実態があります。しかし、実際に音をめぐる住民の意識調査を行うと、保育施設の音に対する不快感と実際の騒音レベルは対応していませんでした。別の調査によると、保育施設の有無は住民の音環境の満足度に影響していないことが分かりました。音に対する感受性の高い住民が保育施設の設置により否定的であり、そこから、音への感受性が高い住民に対する「配慮」を考え、どのような音を抑制すれば良いのかを考えるだけでなく、保育施設での公開行事など、住民との交流を通じて理解を得るといった非音響的なアプローチも有効なのではないかと説明しました。

増田展大先生「人文学からみる〈配慮〉」

美学・芸術学が専門の増田先生は、「配慮」という言葉を「ケア」の観点から捉え、新自由主義とグローバル化が、ケアが軽視される状況を生み出しているという背景を踏まえて、人類学者アネマリー・モルによる『ケアのロジック』の議論を紹介しました。糖尿病患者の実践を調査したモルは、情報提供に基づく能動的な自己決定を善いことと見做す「選択のロジック」に、「ケアのロジック」を対置します。「ケア」と言うと、優しさや献身のような誰かが一方的に与えるもののようにイメージされがちですが、患者たちは自由な選択をするというよりも、他の人間や技術と知識を巻き込みながら、自分自身を手直ししている点では能動的であり、この点こそが、「デザイン」と結び付く点なのではないかと、増田先生は指摘しました。

クロストーク

クロストークでは、主に2つの論点が議論されました。第1に、多様性に配慮する上で何をしなければならないのか、第2に、合理的配慮は実は個人主義な段階に留まっているのではないかというものです。
まず、須長先生と高田先生の発表が提起したのが、同じ物理的な条件でも主観的な認識が人によって多様であることに、どのように配慮できるのかという論点でした。あるいは、梶原さんが制度の網の目から零れ落ちてしまう問題があると指摘したように、合理的、画一的な「解」を提示する試みは、時に多様性を排除してしまいかねないという問題です。高田先生からは、だからこそ、コミュニケーションを通じて零れ落ちたものを拾い上げ、落としどころを探ることが重要なのだという共通の課題が提起されました。
そして、梶原さんが取り上げた、公助が拡張できず、自助や互助の領域で対処せざるを得ない問題が増えている状況を踏まえ、増田先生は、合理的配慮も自分自身の選択を迫るという自助の論理に飲み込まれてしまうことがあると懸念します。長津先生も、建設的対話を通じて集合知を形成するはずの合理的配慮が、当事者に申告させ、選択を迫る「個人モデル」的な運用に留まりがちだという批判を紹介しました。これを受けて、須長先生は、障害者支援の場で、まずは合理的配慮を「やってみる」段階から始めてきたが、そろそろ合理的配慮の結果を見る段階に歩みを進めなければならないのではないかと説明しました。
「配慮」という言葉が何を意味するのか、私たちはどうすれば良いのか、明快で一般的な結論を示すことは難しいものの、1人1人が異なる認識を持つことを前提に、絶え間なく対話を繰り返しながら新たな共通認識を育む営みが大事だということを再認識できるような場になったのではないかと思います。

DIDIでは研究会をより良いものにするべく、毎回、参加者の方々にアンケートを実施しています。「配慮」から連想する言葉を多い回答から列挙すると、「合理的配慮」(5人)、「思いやり」(2人)、「障害(障がい)」(2人)がありました。
また、研究会の感想として
「いつもマイノリティから理解を求めるのではなく、マジョリティ側を変える方法を教えてほしいです!」、
「「配慮≠誰かが誰かに一方的に与えるもの」ではないのではないか、選択肢が多いことは本当によいことであるかという疑問提起にハッとさせられた」、
「強くて自立した”理想的な”個人から脱して、弱さや曖昧さや、それゆえに生まれる人と人(や環境)との関係性にフォーカスしていけると、もう少し楽になれる人がいるんだろうなということを感じました」など、
「配慮」という言葉の持つ難しさに関する反応を頂きました。

2023年2月には第3回研究会を実施する予定です。引き続きご参加頂ければ幸いです。

情報

日時:
2022 年11 月28 日(月) 18:30〜20:30

場所:
九州大学大橋キャンパスデザインコモン2階

司会進行:
長津結一郎(芸術工学研究院 未来共生デザイン部門 准教授/アートマネジメント、障害学)

登壇者:
梶原慶子 (一般社団法人hare to ke lab 代表理事、行政職員)
須長正治 (芸術工学研究院 メディアデザイン部門 教授/色彩・視覚科学)
高田正幸 (芸術工学研究院 音響設計部門 准教授/音響デザイン学、音響環境学)
増田展大 (芸術工学研究院 未来共生デザイン部門 講師/映像メディア論、視覚文化論)

主催:
九州大学大学院芸術工学研究院附属社会包摂デザイン・イニシアティブ

共催:
九州大学大学院芸術工学研究院附属デザイン基礎学研究センター

 

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