Topics >

25 アダプテッドってわかります?

2023.3.21

障害者スポーツ

2021年には東京2020パラリンピックがあり、皆さんも障害者スポーツに触れたり、目にする機会も多かったかと思います。この連載でも、何度かパラリンピックや障害や社会の関係との関連でスポーツについてふれてきました。今回も、スポーツに関わる事柄から社会包摂を考えていきたいと思います。

身体運動が身体の発育や発達を促進することは、障害を持たない人に限らず、身体や精神に障害をもつ人も同様だと言えます。日本では、1964年(昭和39年)の東京パラリンピック以降、リハビリテーションのためのスポーツが拡がり、身体に障害をもつ人も当たり前にスポーツを行うようになりました。また、1979年(昭和54年)に養護学校が義務教育化すると、心身に障害をもつ子どもへの体育教育が進展していきました。

佐藤次郎(2020)『1964年の東京パラリンピックーーすべての原点となった大会』紀伊國屋書店

アダプテッド・スポーツ

ところで、「アダプテッド・スポーツ」という言葉をご存知でしょうか。世界的にはAPA(Adapted Physical Activity、直訳すると、身体に適合させた活動)という研究領域から生まれたスポーツです。

植木章三・曽根裕二・高戸仁郎編著(2022)『イラスト アダプテッド・スポーツ概論』東京教学社

アダプテッド・スポーツとは、性別、年齢、体力、能力、障害、経験の多寡に関係なく、やりたい人は誰でも参加して楽しむことができるように、道具や場所(コート)、ルールをデザインし、適合(adapt)させたスポーツのことです。

それでは、いわゆるパラスポーツとアダプテッド・スポーツは何が異なるのでしょうか。

まず、パラスポーツは、障害者向けのスポーツとして確立されているスポーツ種目を指していて、車いすバスケットボール、シッティングバレー、ボッチャ、ゴールボールなどが挙げられます。パラスポーツはおおよそ以下のように分類できると私は思います。

  • 障害がない人のスポーツと全く同じだが障害者用にクラス分けされたスポーツ
  • 障害がない人のスポーツと全く同じだが障害者用にルールや道具をアレンジしたスポーツ
  • 障害がある人のために新しくデザインされたスポーツ

それに対して、アダプテッド・スポーツは特定の競技や種目を指すのではなく、それぞれの人の身体の状態や年齢などに応じて、スポーツのほうを合わせるという考え方です。

つまり、一人ひとりの状態に合わせてルールや道具をデザインして、平等に参加できるようにしたスポーツ全般のことであり、特定の競技名や種目名を指すわけではありません。

手が動かないとボールを投げられない、目が悪いとそもそもボールが見えないというアプローチのように「できないこと」を考えるのではなく、「どうすればできるのか」を積極的に考えていく方向性を示しています。

スポーツはなぜ楽しい?

ところで、私たちがスポーツに関心を抱くのはなぜでしょうか。

産業や経済としての側面は除くと、次のように考えられます。

まず、当然ながら、スポーツが「楽しい」と感じられるからでしょう。そして、それが、健康・体力の維持・増進につながることも挙げられます。

しかし、それに加えて、「教える・教わる」というコミュニケーション活動があるからだとは考えられないでしょうか。上手くやる、高いレベルでやる、問題を解決する。一人だけで競技や練習を続けていくことも稀にありますが、個人競技だとしても多くの競技参加者が指導を受けたり、一緒に練習を行っています。

このように「教える・教わる」というコミュニケーションは様々な人にとって重要です。障害の有無にかかわらず、初心者や高齢者などの低体力者を対象とする状況でも、必ずやり取りが行われるからです。

どのような障害や機能低下があっても、なにかしらの工夫をこらすことによって、スポーツに参加できるようになる場合は多いのだと思います。例えば、

  • ツインバスケットボールは、胸と同じほどの高さの低いゴールリングを使います。体力のない参加者は低いゴールを目指し、体力のある人は通常の高さのゴールに入れると得点になるように、適合させています。
  • タンデム自転車は、2人1組で乗る自転車で、後部のサドルに視覚障害の方が乗って、一緒にサイクリングをするというものです。
  • 視覚障がい者卓球は、音の鳴るピンポン玉を使います。速いスピードでボールをバウンドさせると難しくなるので、ボールを転がしてラリーを行います。
  • ボッチャは目標のボールに自分のボールを近づける競技です。ボールを投げることができない場合は勾配具(スロープ)を使います。また、勾配具を使えなくても、アシスタントに意思を伝えることもできます。

このように、アダプテッド・スポーツへの理解は広まり、需要も増えてきているように思います。他にもツー・バウンドで球を打つ車いすテニスや、健常な伴走者と視覚障害者がロープを握り合って走るマラソンなどもあります。

アダプテッド・スポーツという概念からは、様々な身体的特性を持つ人がスポーツを楽しむために、その人自身と、その人を取り巻く環境としての社会の関係性を問題として捉え、両者を統合したシステムづくりや研究が大切だということが分かるのだと思います。

スポーツ科学は、様々な領域から成り立っています。

  • スポーツバイオメカニクス:速く走っている人はどう脚を動かしているかなど、スポーツで体を動かす際の機構や運動を理解する学問です。
  • スポーツ生理学:機構や機序を踏まえて、何をどうすることでより望ましいパフォーマンスを発揮できるのかを考える領域です。
  • スポーツ栄養学/スポーツ生化学:良い食事・栄養補給や疲労のリカバリーを考える領域も重要です。
  • スポーツ医学:ケガやそのリハビリテーション、予防など、医学も当然重要な領域です。
  • スポーツ心理学:パフォーマンスを最大限に高めるために、心理的課題の解決方法なども重要です。

アダプテッド・スポーツにはさらに、
スポーツ法学/ルール学のような、小さな社会としてのスポーツ競技を考えていくアプローチも必要です。
より良い道具や空間(競技スペース)を考える設計学やデザイン学も重要です。

合理的配慮

2006年には、国連で障害者権利条約(障害者の権利に関する条約:日本は2014年批准)が採択されました。その条文で「合理的配慮」が示されました。

この考えは、障害者権利条約の実効性を持たせる国内法でもある、障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)にも取り入れられました。さらに、2021年5月の第204回通常国会では改正障害者差別解消法が成立しました。

この改正により、①障害者から意思の表明があった場合に、②過重の負担にならない範囲で、③障害者の性別・年齢、障害の状態に応じて、④社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならないことになりました。

以下は改正後の条文です。

第8条第2項
事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。

障害者差別解消法では「合理的配慮」が定義されていません。障害者権利条約では、合理的配慮を、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」(障害者権利条約2条)と定義しています。

アダプテッド・スポーツを、このような「合理的配慮」による公正さと平等性に基づき、より包摂的に形成していくことが重要です。しかし、そのような堅苦しさだけでなく、スポーツ本体の「楽しさ」や「教え合い」の精神がより必要になってきていると思います。


【リーガル・デザイン・ディクショナリー】

障害者差別解消法:
2013年に制定されました。全ての国民が障害の有無に関係なく人格と個性を尊重し合う共生社会の実現に向けて障害を理由とする差別の解消を推進することを目的としています。

スポーツ基本法:
1964年東京オリンピックに向けて制定されたスポーツ振興法(1961年制定)を改正する形で2011年に公布・施行され、文部科学省管轄のスポーツと厚生労働省管轄の障害者福祉のどちらにもかかわる施策について見直しが行われました。2012年からスポーツ振興基本計画が制定され、2015年には同法に基づきスポーツ庁が設置されています。

page top >