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DIDI Newsletter(2023年6月公開)

2023.6.12

今号は、2023年度より社会包摂デザイン・イニシアティブ(DIDI)の新メンバーになった田上健一先生に登場いただきます。田上先生がこれまで行ってきた研究や、DIDIでのプロジェクトについてお話をうかがいました。

田上先生の研究について

− まず先生の研究についてお話を聞かせてください。

建築計画学が専門で、計画理論研究と実践としての建築設計の両方を行っています。建築設計では病院や学校など公共的な建築を手掛けたり、また開発途上国の都市スラム改善など人に寄り添うかたちで建築をつくり、社会環境を整えていくというようなことに取り組んでいます。また、最近は頻発する災害復興にも多く関わっています。私は熊本出身で、2016年の熊本地震以降は復興のサポートに長く携わりました。その他、老朽化団地の建替え問題にも取り組んでいます。

これらは全て、Participatory planning(参加型計画)を基本としています。例えば、スラム改善については、JICA(独立行政法人 国際協力機構)のODA(政府開発援助)事業として、マニラ(フィリピン)のISF(スラム居住者)が互いに意見を出しながら住宅をつくるという、住民参加型のワークショップを3年半ほど支援しました。

熊本地震後の災害復興では、応急仮設住宅地に「みんなの家」という小さな集会所を日本財団の支援でつくりました。応急仮設住宅に避難している人たちと、そこで将来復興について話し合いを行った上で、設計を進めました。

マニラでのワークショップ
「みんなの家」でのワークショップ

− ワークショップは、参加者と一緒に住宅を建てるなど実践的なものなのでしょうか。

いわゆる建設工事ではなく「計画」を立案しています。例えば、マニラでのスラム改善では、設計から資金の確保、そして建設までの過程を一貫してお手伝いしています。対象としたのは、なんとか頑張れば自力で20平米ほどの小さな1戸100万円程度の家を持つことができる人たちですね。都市スラム改善の課題として、郊外の持ち家に移住したとしてもそこには仕事がなく、その多くが元の場所に戻ってきます。なので、郊外移住ではなく、仕事のある都市の中でリロケーション(再定住)できるようにすることが重要で、それがやはり社会の安定にもつながります。住宅問題は都市問題の根幹であり、まずは住宅をきちんと考え整備していかないと社会は安定しないと私は考えています。

− 建物の性質やコミュニティによってワークショップのテーマは変わると思いますが、共通して大切にされていることはありますか。

30年以上前ですがイギリスの大学院に留学中に、Jhon.F.C. Turner や、Roderick. P. Hackney から大きな学びがありました。Turner の 『Freedom to Build』 や 『Housing by People』 といった著書に影響を受け、建築家である Hackney の、住民とともに歩む活動に強く共感しました。特に、Turner の “People build and live houses”(自分たちでつくり、そこに住む)という考えが、私自身の出発点であり、それが現在も続いているという感じです。

− つまり根本に人があるということだと思いますが、ワークショップを行う際には参加者たちとの対話を長くされるのでしょうか。

そうですね。そこがスタートなので、できるだけ長期間関わるようにしています。ただ、長い時間の対話も大事ですが、ワークショップでは「面白い」と感じてもらえるような工夫も重要だと考えています。

「ワークショップでは、専門家が参加者を誘導するのは良くない」とよく言われます。しかし、私たちがワークショップ中の会話分析研究を行った結果からは、建築設計のワークショップに限っては、誘導的であることは決してタブーではありませんでした。ワークショップでは、盛り上がらなかったり参加者が困ったりしたときに一旦流れが止まってしまいますよね。そういったときに、専門家からちょっとしたキーワードのようなものを提示すると、ぐっと広がりが生まれたりすることもあります。このように、きっかけを提案するような工夫もやるよう心がけています。

− いずれのワークショップも、プランニング中心になるのでしょうか。

大きくは建物のコンセプトの話から、具体的なプランニングまで、また細かいところまでいくと色や家具、照明の話などをすることもあります。単発ではなく、何度も対話を重ねる長期的なワークショップになります。ワークショップの最初の段階では、参加する人たちはみな「ああしたい、こうしたい」という願望の詰まった「ドリームハウス」を考案するんですよ。でも実際は法律やコストなどいろいろな制約があり、それをそのまま実現するのは難しいのですが、最初から普通の、例えばよくある建売住宅のようなものを見せてしまうと、気持ちがしょんぼりしてしまうので、まずはそのドリームハウスを承ります。その過程を経たうえで、なぜそれが実現できないかとか、これがあればできるとか、ちょっと工夫すれば近い形になるとか、意見を出し合いながら一緒に歩いていく感じですね。とても時間がかかりますけど。

「場づくり」を大切に

− 老朽化した団地の建替えを福岡市でやっていますが、どのような内容なのでしょうか。

住宅団地の建替え検討に関わる取り組みはコロナ禍前から始めて、現在も頻繁に現地へ通いながらやっています。築年数が約50年の大型住宅団地です。大規模な住宅団地なのですが、住民の平均年齢は70歳に達し、そのうち2割が80歳以上と高齢化が進んでいるにもかかわらず、5階建ての建物にはエレベーターがありません。建物自体の老朽化も深刻になりつつあります。いわゆる「2つ(建築と人)の老い」問題です。現在、建替え検討委員会と共同で住民参加型のワークショップを実践しています。

専門的なことをお話しすると、例えば、住宅団地にはさまざまな法規的な制約がかかっていています。区分所有法や建築基準法などです。分譲住宅団地の場合は、一つの敷地の上に複数の住棟を建て、土地や共有部は所有者全員で共有しています。建替えには全所有者の5分の4の合意が必要ですが、その合意は一筋縄ではいきません。年齢も家族構成も生計も異なる多くの方々の意見をまとめるのは大変な作業です。でもこういった複雑な難題こそ大学が取り組むべき仕事だとも思っていますので、お引き受けして続けています。

− 必ずしも住民の全員がワークショップに積極的に参加するわけではないと思いますが、そこはどう調整されるのでしょうか。

難しいですよね。やはりそこは参加しやすくなる仕掛けが必要で、私たちは「デバイス」と呼んだりしています。この住宅団地の場合は小さな集会所をつくりました。敷地内に増築や新築ができないという制約があるので、集会所は法規上の「建築」ではなく移動式のトレーラーハウスです。

− 集会室のような場所があると、参加率が大きく変わるように思います。

私も「場」がとても重要だと思って、この集会所をつくりました。ここでは建替えの資料を展示したり、ご意見箱を置いたりしています。また管理組合の若い人たちを中心に茶話会のようなものを開き、建替えに積極的な人も反対の人も皆さん来てもらうような機会を設けています。

− 集会所は自由に出入りができるのでしょうか。

はい。私たちは「場所」と「人」はセットと思っているので、昼間は建替え検討委員会のメンバーが必ず1人は居るようにしています。「場所の主人(あるじ)」と私たちは呼んでいますが、主人の才覚でその場がよくなるかどうかが肝ですね。夜は常時ではなく、会場を借りてイベントなどをできるようにしています。この団地ではトレーラーハウスというやや大きな仕掛けになりましたが、いろいろな場所でこのような仕掛けをたくさん作っていくことができれば、人々がコミュニケーションをとりやすくなり、それが新しい関係づくりにつながっていくのではないかと感じています。

Project:「未来の児童養護施設のデザイン」

児童養護施設「光の子どもの家」(埼玉県加須市)は1985年に、当時まだ少なかった小規模施設として設立されました。当初、厚生労働省は「脱施設」に否定的な姿勢でしたが、「光の子どもの家」を舞台としたドキュメンタリー映画『隣る人』(刀川和也監督、2012年)が上映されて以降、大きく方針を転換するなど、この映画はその後の児童養護施設計画に大きな影響を与えました。設立から40年近くを経て、「光の子どもの家」も老朽化し、物理的な改修や建替えを検討する時期になっています。DIDIのシビックデザインラボでは今年度、田上先生と刀川監督を中心に「光の子どもの家」を再舞台として、未来の養護施設のデザインを考えていきます。

(プロジェクトの詳細はコチラを参照)。

映画フライヤー画像提供:刀川和也氏(『隣る人』上映事務局、本作監督)

− プロジェクト発足のきっかけを教えてください。

映画『隣る人』が転換点となり、児童養護施設を大規模な施設ではなく、地域分散かつ小規模な施設で家族のようなものをつくっていこうと、政策が大きく転換しました。その映画の舞台になった「光の子どもの家」も設立から40年近く経って老朽化し、建替えか改修をする時期がきています。また建築だけでなく、現在、運営にも新しい問題が現場では起きています。大きな課題としては、やはり施設で働くスタッフの負担が大きいんですね。昔は、献身的な指導員といわれる人たちが、本当に24時間体制で子どもたちをみていましたが、今はそんな時代ではありませんから、なかなか難しい。そこも踏まえて考えないといけません。空間をどう使っていくか、環境をどう整えていくか、両方を踏まえながら取り組んでいくためにも、いろんな先生にお力添えをいただきたいと今回、DIDIに企画を持ち込みました。

− 具体的な内容はこれから詰めることになりますが、これまで先生が研究や実践されたことを生かして、参加型のワークショップを中心に新しい形、次なる「光の子どもの家」を計画していくという感じになるのでしょうか。

おっしゃるとおりです。ですが、これまでのようにたくさんの人を集めてワークショップをやっていくのがよいのかは悩ましくもあります。スタッフも限定してまず若い世代のスタッフから始めたり、子どもたちだけのワークショップも設けるなど違ったやり方を考えないといけません。特に子どもたちについては、対話の中にそっと入っていくこともあれば、正面からぐっと向き合うこともあるなど、いわゆる空気感が大切だと思っています。私たちのワークショップでは、この空気感を「敷居」と呼んでいますが、どのぐらいの高さにその敷居を置くかを重視しています。「敷居」というより「目線」という言い方がいいかもしれません。

制度で括っていくと大事なものをどんどん失くしてしまいます。そのような施設の使い方などにも一石を投じていきたいと考えています。

− 老朽化した「光のこどもの家」の建替えがメインですが、これを一つのモデルケースにしていきたいとお考えですか。

はい、「光のこどもの家」が今の児童養護施設のスタイルを作ってきたように、次を考えるためのモデルにしたいと思っています。建築の話に限らず、スタッフと子どもたちの関わり合い方や、今ある問題を解決するためのプログラムなども一体で考えながら、新しいモデルケースをつくっていきたいですね。

DIDIについて

− 「未来の児童養護施設のデザイン」プロジェクトは田上先生からDIDIに話をもっていかれたそうですが、DIDIにはどのような印象をもたれていましたか。

私は九州大学の執行部に入っていますが、そこでDIDIは非常に評価されています。やはり社会連携や社会貢献は大学の一つの柱でありますし、また理論研究と実践の橋渡しとしての役割も期待されています。

− DIDI発足からの2021〜2022年度の2年間の活動をみて賛同する部分があったうえでの、今回のプロジェクトの投げかけだったのでしょうか。

お知恵をいただきたいなと。最初の方で「大学がやるべき事」と言いましたが、私はそれを大事にしています。ですから何事もやりっぱなしではいけないと思っていて、実践していることを必ず研究に展開します。例えば、ワークショップを開催したらニュースレターのようなものを作って、参加した人だけでなく参加していない人にも報告しています。あまりSNSは得意ではないんですが、それも含めてやっています。展開して消化させ、そこから一段階上げて昇華する、そのようなことを考えています。

大橋キャンパスの建築について

− 最後に、先生が設計された大橋キャンパスの建物「デザインコモン」について少しご説明ください。

基本的には大学の建築デザインの踏襲です。この大学の建築は基本的にはシンメトリー(左右対称)になっています。デザインコモンの設計の工夫点でも上層と下層に分けています。よく見ていただくとわかります、1階のアーチと2階のアーチの曲率が違うんです。また、このアーチは円ではありません。トロコイド曲線を使い、さらに両側を少し引っ張り上げています。正円のままだと両側が縮こまってしまい、そうすると中へと誘われにくいので、脇をちょっと引っ張って上げて、人が入りやすく感じるような形態にしました。

− アーチについては、まったく気がつきませんでした。

気づかないですよね。でも私はそれこそが大事と思っています。気づかないけど、何か誘われやすいというのが、目指しているところでもあります。


田上先生からのおすすめ本

『拡張する住宅:沖縄にみる自律的居住環境デザイン』田上 健一 著(創英社/三省堂書店)

「沖縄の現代住宅を話題の中心に取りあげている。かれこれ一万件以上の住宅を見せて頂いただろうか。そこには、我々が失い続けている、つまり収縮し続ける住宅にはない、『生きる住宅』の姿を見ることができる。もちろん、建築家も深くそれに関わり続けている。三十年前から実践しているスケルトン・インフィル方式、医院や療養所にみられる住宅力、高齢者の住み替え、沖縄ではごくごく当たり前の手法だ。そんな沖縄の『住宅力』を、ここでは多くの事例をもとにして解読する。」(紀伊國屋書店サイトより)

「どんどん閉じていっている住宅の考え方を拡張していこうということを、沖縄の住宅をメインに書いています。日本で、沖縄と北海道だけ完全に住宅の文脈が違うんですよ。沖縄は台風や塩害、また米軍基地の影響など様々な要因によって、コンクリートでできた非常に硬質な住宅が戦後たくさん建てられました。私は沖縄に3年ほど住んだことがあり、最初は沖縄の住宅の違いに驚きましたが、いろいろ生活の仕方など調べていくとそこに様々な工夫があって、学ぶことがたくさんありました。」(田上先生)

『フィールドに出かけよう!住まいと暮らしのフィールドワーク』 日本建築学会 編 (風響社)

「民家には地域の文化や、家族の歴史が凝縮されている。建築家の眼で住宅を見る時、一本の柱からも様々な情報が読みとられる。熟達の経験者が目的・主題ごとに道具や技法を紹介し、建築学における実地調査の意義を伝える初の入門書。」(風響社サイトより)

「建築学の分野を中心にしている研究者によるフィールドワークを集めた本です。アメリカが作った米軍住宅のようなものが世界中にあって、地域に影響を与えているんですが、それを物差しにした近代化の検証などをしています。世の中の役に立つためには、役に立たない研究もやる必要があるという考え方のもとでやったもので、その相互理解が大事だという本でもあります。こういうと一部の人から怒られるんですが、建築って実は応用学なんです。社会学や哲学のいいところを応用していく部分も多くて。建築計画学は建築にいろいろ接着していくのが得意ですし学ぶことが大事だと思っていますが、この本もそれに近い内容になっています。」(田上先生)。

『ASING IN PLACE: Design, Planning and Policy Response in the Western Asia-Pacific』 ブルース・ジャッド、田上 健一、エドガー・リュー 著 (Edward Elgar)

「急速に揺れ動く西アジア太平洋地域から、高齢化と建築環境の問題に対応するデザイン・計画・政策を紹介しており、洞察力のある本です。それぞれの章では、住み慣れた場で年を取ることが確実に好まれ、推進されるようになり、政策と実践を通じた協働的な取り組みが求められていることを示しています。」(Edward Elgarサイトより)

「全編英文で、アジア太平洋地域の高齢者の環境を考えた本です。高齢者施設やデイケア施設、パブリックな広場なども対象としています。私は特に災害時における高齢者の居場所について書いています。歳をとるとそんなに大きな住宅って必要がないので、都市の住み替えや住宅のサイズを小さくしていく代わりにパブリックな場所をもっと増やしアクセスも増やしていくという downsizing and open network のようなことにも触れています。」(田上先生)


<プロフィール>

田上 健一(たのうえ けんいち)

九州大学大学院芸術工学研究院 環境設計部門 教授
副理事/芸術工学研究院・副研究院長

【大学院(学府)担当】
芸術工学府 デザインストラテジー専攻 ストラテジックアーキテクト講座
芸術工学府 芸術工学専攻 環境計画設計講座

【学部担当】
芸術工学部 環境設計学科 環境設計学

住宅をはじめとして教育・文化・医療施設など、日常生活に不可欠な建築のデザイン計画を専門としています。特に、人間と環境が相互に浸透し合う個性的で魅力的な空間の実現方法を、ユーザーの視点に立脚して考えていきます。建築や地域のデザイン(調査・企画・計画・設計)に携わる専門家の養成が主目標です。

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